小春日和の午後。村雲江は穏やかな日差しの中で日光浴をしていた。暇な時は構ってくれる五月雨江も桑名江も、今日はそれぞれ当番や演練で不在。暇を持て余した村雲がお気に入りのクッションを抱えてごろごろしていると、急に影が差した。――松井江だ。
「……村雲。暇なら買い物に付き合ってくれないか」
俺でいいの?驚いた村雲がそう聞き返してしまうと、松井がこくりと頷いた。松井から何に誘われるのは初めてだ。村雲はクッションを手放して起き上がった。
*****
「その、先日談話室で編み物の話題が出てから、少し気になっていて……」
万屋街にある手芸品店。そう言い訳のように呟いたきり、松井は毛糸玉の前から動かなかった。しかし商品を手に取る事はせず、色とりどりの毛糸をじっと見ているだけである。
「……襟巻きなら僕でも作れるかな」
ちらと松井が見やった先は、『簡単!初めての編み物』と大きく銘打たれた初心者向けの教本。村雲も自身に対する自己評価が低い方だと認識しているが、松井も大概である。
「俺も何か作ってみようかな」
だから松井も作ろうと、村雲は水を向けた。村雲はいつも誰かに背中を押してもらっている。たまには誰かの背中を押してやりたい。この色いいなぁと何となく気になった毛糸玉を手に取ると、隣の松井の雰囲気が少し和らいだ。
「……そうだね」
少し躊躇った後、松井がこの色にしようかなと言って柔らかそうな毛糸の玉を手に取った。松井の選んだ色に村雲は驚いた。
「その色、選ぶんだ。何か意外」
「そう?村雲は何を作るんだい?」
「えっと……腹巻き?」
「いいと思うよ。お腹を冷やしてはいけないからね」
道具は誰か持っているだろうから、それを貸してもらう事にする。村雲と松井は気に入った色の毛糸玉をいくつか買った。松井は教本も買っていた。
本丸に帰ると、二振りは松井の部屋で教本を見ながら毛糸玉との格闘を始めた。目って何?表?裏?これ難しそうだから違うのにしない?ちょっと待って解けてきたんだけど――
顕現以来、村雲が松井と二振りきりになる事は滅多に無くて、こうやってわいわい騒ぐのは初めてだった。お互いにああでもないこうでもないと言い合いながら。せっせと毛糸玉を編んでいく。何だか楽しかった。
一玉分を編み終える頃には編み棒を扱う事にもかなり慣れ、このまま編んでいけばそれっぽい物ができるんじゃないかと思えてきた。
「……もう一玉、いっちゃう?」
「いこうか」
これならいけるんじゃないかと思ったのは松井も同じだった。没頭しているうちに外はすっかり暗くなり、同胞が夕餉の時間だと呼びに来るまで、二振りは黙々と毛糸玉に向き合っていた。
*****
それから約二週間。どうにか腹巻きを完成させた村雲は松井の部屋を訪れた。途中でうまくいかなくてお腹が痛くなり投げ出してしまいたいと思ったけれど、松井の背中を押した手前完成させなければという一心で完成させた。松井の進捗はどうだろうか。
「見て。腹巻き一応できたよ」
「おめでとう。上手だね」
「松井の襟巻きはどう?進んでる?」
「僕も出来上がるには出来上がったのだけれど……」
部屋の隅に置かれていた手芸品店の紙袋の中から松井は襟巻きを取り出した。村雲には立派な手編みの襟巻きに見えるのだが、松井的には不満らしい。何だか浮かない表情をしている。
「あげないの?」
「……こんなの渡せない。失敗だらけで不格好だし、渡されても困るだけだ」
最初から松井は誰かに渡すために作っていた。松井自身が直接そう言っていたわけではないけれど、村雲には雰囲気で何となくわかった。あげたら喜んでくれるかなとも呟いていたし。
松井はこんなの渡せないと言うが、村雲はそんな事ないのにと思う。多少失敗していようが不格好だろうが、松井の渡したい相手であろう彼は、貰った端から得意気な顔で身に着けるに決まっているのに。これ松井がくれたんだと、すごく嬉しそうに。何ならこちらに見せつけてくる勢いで。
折角作ったの勿体ないなぁと村雲が零すと、松井がおずおずと切り出した。
「こんなのでいいなら、村雲にあげようか?」
「え。お腹痛くなるからいらない」
「そう……」
村雲が断ると松井の顔に翳りが差した。しまった。今のは言葉を間違えた。村雲は松井からこの襟巻きを貰う事が嫌なわけではない。その後が大変だからだ。
仮に村雲がこの襟巻きを身に着けていたとする。一体どうしたのか誰かに貰ったのかと聞かれ、素直に松井から貰いましたと答えたら、ちょっとばかし面倒な事になってしまうのだ。その光景を想像しただけでもお腹が痛くなってきた。
松井はそんな事が起きるだなんて知らないから、村雲にあげようかと気軽に言えるんだろうけど。
「そうだ!これは試作品ってことにして、松井が自分で使ったら?畑当番や外の落ち葉掃き当番の時とか。試作品なら少しぐらい汚してもいいし。それにこの色、松井によく似合うと思うなぁ」
深い海のような青色の毛糸で作った襟巻き。好きな色は赤色だと公言している松井だからてっきり赤色の毛糸を選ぶのかと思ったけれど、松井が選んだのはこの青色だった。
村雲の言葉に松井がぐらついている。もう一押しだと、村雲はぎゅっと胸の前で拳を握った。
「ほら、あの子もよく言ってるよね。次はうまくやろうって。俺もまた付き合うから、これは松井が自分で使うのがいいと思う」
ふかふかで暖かそうだしきっと重宝するよと村雲が畳み掛けると、松井がふっと目を細めた。
「……君がそこまで言うなら僕が自分で使うことにする」
うんうん。それが一番いい。松井が見慣れない物を身に着けている事に気づいたら、彼は絶対に出所を松井に尋ねる。自分で作ったものだと答えれば、自分にも作ってほしいと言うはずだ。言うに決まってる。ほら、松井が彼に渡すための口実もできた。
――雨さん、俺一人でうまく収めたよ。だから今度褒めて。
村雲が小声でわんと一鳴きすると、試しに襟巻きを巻いていた松井が何かあったのかと聞いてきた。
「何でもない。その襟巻き松井にとってもよく似合ってるなぁって思っただけ」
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松井と村雲のコンビも好き。かわいいよね。
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