ナガレ
2021-10-04 20:11:47
5248文字
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灼炎の向こう側(ぶぜまつ)

初っ端、刀剣破壊から始まるぶぜまつ。折れた松井を迎えにいく豊前の話。色んな部分がざっくり知識なので、雰囲気で読んでもらえれば。

刀剣守。それは一度だけ持ち主の破壊を防いでくれる道具だ。これを使って破壊から逃れられるのはたったの一度だけ。だからお守りが発動した後の進軍はより慎重さが求められる。そんな事、誰だって知っていた。当の本人だって知っていたはずだ。知っていて、進軍を主張した。
一度目は道中で遭遇した大太刀の一振り、二度目は敵本陣を守る槍の一突きだった。肉の器から血が流れて、どこからか鋼の割れる音が聞こえてくる。その音は彼を死に誘っていた。地面に膝を着いた彼の口元が小さく動き、手から刀が滑り落ちた。
まだだ!まだ間に合う!転送装置を使えば本丸には一瞬で帰還できる。彼が破壊されたという情報は本丸にも伝わっているはずだから、すぐに手入れを行えば助かる。助かるからまだ諦めるな!そう叫んで目の前の敵を片づける時間すら惜しかった。
追いすがる敵を乱雑に斬り捨て倒れ伏したまま動かない彼に急いで駆け寄ったが、時既に遅く。最期にちらりとこちらの姿を映して光を失った湖水色の瞳は閉ざされた。その体はまるで霞のように薄くなって消えていき、砕けた鋼の欠片だけが残された。本丸にある顕現の依り代も錆びて朽ちてしまっただろう。

――松井江は二度破壊された。どちらも豊前江の目の前で。

……戦で散れたんだ。刀としてこれほど名誉な事はねーっちゃ」

豊前は松井の欠片を拾い集め、袖印に包んで本丸に連れ帰った。悪しきものとなってこの世に留まる事なく本霊に帰れるように、供養をするのだ。松井だった鋼の欠片は江の者達の手で本丸の隅に埋められた。ここには本丸設立から今日までの戦で折れた者達が眠っている。ここなら松井も寂しくない。
れっすん、遠駆け、畑仕事、創作、散歩。次の松井江が顕現するまで、江の者達は一振り欠いた日々を各々過ごす事になった。現状、松井江は秘宝の里の調査を進めた事による報酬として政府から賜る事でしか顕現できない。次に来た松井江に見せるんだ、聞かせるんだ、教えるんだと、次に秘宝の里に足を踏み入れる事ができる日を、江の者達も審神者も心待ちにしていた。


*****

ここ最近、豊前の姿を書庫で見かける。刀剣男士の中には文字を厭う者もおり、豊前もそちら側だと思われていた。審神者が書庫を覗いてみると、確かに豊前がいた。ぱらぱらと捲りながら、何か書き写している。審神者は豊前の手が止まった頃合いを見計らって声を掛けてみた。

「君がここにいるなんて珍しい」
「ん?主か。それ、他の奴らにも言われんだけど」
「書庫で書物を片手に難しい顔をしている印象が無いからね」

一体何を読んでいるのかと机の上を見てみると、それらはすべて日本刀の成り立ちや鍛え方、種類についての書物。刀剣男士だからその辺りの知識は当然あると思っていたので、何だか意外だった。

「そりゃ当然知ってっけど、改めて考えてみるとどーなってんのか知らねーなと思って」

なるほど。それも一理ある。貸出記録の帳面に記帳さえしてくれれば持ち帰って自室で読んでもいい。審神者が豊前にそう伝えると、考えておくとだけ返ってきた。自室に持ち帰って読むほどではないらしい。松井江は時々借りていたなぁと、今はいない刀の事を審神者はふと思い出した。
それからしばらくすると、今度は人体についての本を読んでいる姿が目撃されるようになった。日本刀に対する興味関心は満たされたのだろうか。色々な事に興味を持つのはよい事だ。非番の時はだいたいこの時間になるとふらりと部屋を出て書庫にいると彼の同胞から聞いた審神者は、再び書庫を覗いた。――いた。

「やぁ」

審神者が声を掛けると豊前が顔を上げた。紙切れに走り書きで何やら書き写しているところだった。刀剣男士には達筆な者が多い。残念ながら、審神者には何が書いてあるのか読めなかった。

「今は何を読んでいるんだい?……人体図鑑?」
「肉体っつーのを手に入れてからそれなりの時間が経ってっけど、どんな仕組みか全然知らんけ。少しぐらいは知っといた方がいーだろ」

確かに。刀剣男士達の中には肉体について無頓着な者も多いので、少しでも己を知ろうという姿勢には好感が持てた。顕現時に肉体についての説明を一通り行うが、刀にどうして食事や睡眠が必要なのかという問いが返ってくる事も多い。初陣で無理をして怪我を負い、肉体の脆さに呆然とする者もいる。
刀として人間の近くに置かれその営みを見てきたけれど、自分が体験するとなると話は別だ。人間の体は面倒だと漏らす者も少なからずいた。彼らも何だかんだ慣れて、文字通り己の体を手足のように扱えるようになるのだが。

……別に本を読むことは嫌いじゃねーよ。細かい文字ばっかのやつが嫌いなだけっちゃ」

そんなにも嫌いそうに見えるのかと、豊前は少し渋い顔をした。言われていれば、戦績表を見てうんざりだという顔をする事はあるが、読み書きはできるし仕事も遅いわけではない。性格的に合わないだけなのだろう。かつて松井江が、「豊前はやればできるんだ、本当は」と言っていたのを思い出した。

気になるものを読み切ったのか豊前の姿を書庫で見かける事は無くなり、それと前後して遠征に出して欲しいと訴えてくるようになった。豊前が自分の希望を主張する事は少なく、言われたらやるという姿勢だ。どこに行きたいのかと尋ねてみると、どこでもいいから資源の拾える所、近場でもいいからできれば単騎で行きたいという答えだった。
縁のある時代や場所、骨は折れるが手応えのある遠征先に行きたがる者が多いので、近場でいいという者はほとんどいない。資源はどれだけあってもすぐに足りなくなるし、上がりきった豊前の練度なら近場に単騎で行かせても問題ないだろう。おつかいがてら、豊前に遠征を依頼するようになった。
審神者が豊前に遠征を依頼すると、いつも二つ返事で引き受けてくれる。ありがたいことだ。持ち帰る資源の量が少々足りないのが不思議だったが、単騎だから部隊総出で遠征に行く時よりも持ち帰る量が少なくなってしまうのだろう。いくら両手が空いているといっても、有限だから仕方ない。
時を同じくして、万屋から豊前宛てに通信販売で購入したと思われる物品が届くようになった。刀剣男士とはいえ一個人なので、私生活の部分にはあまり立ち入らないようにしている。高額商品を買い込んでいるわけでもないし、給金の範囲内できちんとやりくりできている。とある刀(複数)の骨董品やら美術品集めに比べればかわいらしいものだ。
何を買ったのか興味本位で聞いてみた事もあったが、ふ……とあいまいに笑って誤魔化されて終わった。そういえば、この刀もあまり手の内や自分の内面を見せたがらない方だった。


そして月日は流れ、ついにその時がやって来た。――花と宝玉が隠れる霧に覆われた地、秘宝の里の調査任務だ。その報せを聞いた時の江の者達の喜び方はすごかった。彼らは一振り足りない同胞の再来をずっと待ち侘びていたのだ。また全員揃う日が来るんだと皆が喜ぶ中、審神者は豊前がどこか浮かない顔をしているのが気になった。

「どうかしたのかい?」
「いや。別にどうもしてねーよ。来るのはあいつだけじゃねーんだろ?」
「もちろん。二振り目、三振り目の君達が来る可能性は高い。来たらどうしたい?習合してもいいし、二振り目、三振り目としてそのまま顕現させてもいいよ」
……そーいうこと考えるのは、後でいーだろ」

お前ら、と豊前は喜びに湧く同胞達に声を掛けた。

「前祝い、とっておきのやつ出してやんよ」

とっておきのやつ、それは酒飲み連中に見つかると持っていかれるからと、豊前が自室に隠していたとっておきの酒だ。何故審神者がその存在を知っているのかというと、松井が折れた日の夜に、ひとり縁側で飲んでいる姿を見たからだ。
これ、あいつが好きだったとっておきのやつ。審神者に気づいた豊前は、どこか遠くを見ながらそう言った。盆の上にはなみなみと酒の注がれた杯が置かれていた。
目の前で松井江を失った事に対して色々と思う事があったみたいだが、ようやく折り合いや踏ん切りがついたのだろう。羽目を外し過ぎないようにとだけ審神者は一応忠告しておいた。
――そう審神者は忠告したが、残念な事に日付が変わってしばらく経った豊前の部屋の中は死屍累々だった。飲めとりいだあ自ら酌をされては断れない。元々酒に弱い桑名江や五月雨江はもちろん、気づけば村雲江や篭手切江も酔い潰れて寝ていた。平然としているのは勧めるばかりでほとんど飲んでいなかった豊前だけである。
散らかした物を片づけて着替えると、豊前は部屋を出て行った。書庫で読んだ本の中身を書き写した紙切れ数枚と、鋼の欠片――折れた刀の一部を持って。


*****

……失敗しても、次の俺が来る)

次に秘宝の里への調査任務が決まった日、その日に決行する。豊前はずっと前からそう決めていた。それは本当にただの思いつきで自分でも馬鹿げていると思ったが、案外悪くない考えかもしれないとも思ったのだ。依り代ならここにあるし、足りない分は補えばいい。玉鋼、木炭、水、よくわからない金属の粉末やら何やら。これだけ集めるのには骨が折れたし、隠しておくのにも気を遣った。
自分と彼の背格好は似ているから、器の構成については自分を参考にすればいい。身長、体重、その他諸々の数値を基に、そろばんを弾いて必要な分量を割り出す。これが一番頭を使った。誰かに頼んで変に勘ぐられても困るので、自力でやるしかなかった。
核となる打刀一振り分の材料と、刀剣男士であるための人の体を構成するものひとり分の材料。それらを一つにまとめた。自分が神様だなんてこれっぽっちも思っていないが、使えるものなら何でも使ってやる。豊前が折れた刀の刃を腕の血管の上に強く押し当てて滑らせると、赤い血がぼたぼたと流れていった。材料に神様の血をたっぷりと吸わせ、依り代となる折れた刀の欠片――松井江を置き、豊前はそれに火をつけた。
初めは小さな種火にも満たない炎だったが、木炭に燃え移ると炎はその勢いを増していく。豊前の赤色の瞳が炎の中をじっと見つめた。彼がいるなら灼熱地獄、もしくは煉獄だ。どうかそこまでうまく導いてくれ。導いてくれさえすれば、あとはこちらでどうにかするから。


――熱い。

そう感じるのは何度目だろうか。とっくに数える事をやめてしまった。焼けただれた肌も身を焦がす炎が収まれば元に戻り、冷まされる。しかしそれも束の間、また業火に包まれる。ずっとその繰り返しだった。許されるはずないと、今際の際に思ってしまったからだろうか。
死してなお、この身に業を背負う。それは世界の終わりが来る日まで……いや、終わりが来てもずっと。許される事はないのだ。だって、僕は――

身を焼く炎に抗えず力尽きてがくりと頭を垂れると、身を包んでいた炎が消えた。焼き尽くされたはずの体が少しずつ元の形を取り戻し、最期の時に身に着けていた衣服までもが元に戻っていく。体が冷めてしばらくすると、燻る炎はまた勢いを増し始める。ちりちりとまずは衣服に火がついて、最後は全身が業火に包まれる。それを何度繰り返したのかわからない。何度繰り返したって、恐ろしいものは恐ろしかった。
約束された恐怖に身を固くしていると、突然頭上が明るくなった。審判の時にしては早すぎる。一体何だろうかと頭上を見上げた。……誰かがこちらを覗き込んでいる。しかし眼球が片方しか再生していないので、よく見えない。それでも目を凝らしていると覗き込んでいる誰かの輪郭が次第に濃くなっていき、両の目がかんせいした時にはその姿をはっきりと捉える事ができた。

(豊前……!?)

声帯はまだ再生途中だから声を上げる事はできなかった。できあがったばかりの青色の瞳が大きくまん丸に見開く。見つけたと、決して忘れる事のない声が聞こえた気がした。


――見つけた。

彼を模したものを作り、それを手掛かりにして彼を探し出す。これはただの思いつきだったが、本当に彼の――松井のもとに辿り着けるとは思わなかった。豊前の姿に気づいて驚き、ここに来てはいけないと訴えているのだから、あそこに後ろ手で磔の柱に括りつけられているのは松井で間違いない。

……松井、待たせたな」

豊前にとっての松井は、後にも先にも目の前で折れたこの一振りだけだ。次の松井江が来ても、それは松井江であって松井ではない。それに松井とは約束をした。決して、ひとりにはさせないと。どこにいたって必ず迎えに行くと。
その約束通り迎えに来たのだから、もう少し嬉しそうな顔をしてほしい。そう溢すと、豊前は炎の中に足を踏み入れた。


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地獄の果てまで追いかけるし、絶対手放さない。性癖です。


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