ナガレ
2021-08-21 21:28:58
3743文字
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真実は夢の中(ぶぜまつ)

2021/8/22 超閃華夏大戦内江中心プチ「ごーとぅすてぃじ 2」で、当日サークルスペースにお立ち寄りいただいた方にお渡し予定だったペーパー小話です。web用に改行等を調整しています。

生まれは鎌倉の終わり、北条が滅びて足利が名乗りを上げた南北朝の頃。僕達は同じ刀工を父として生を受けた。その中でも彼は僕にとって特別な存在で、僕の理解者だ。面と向かって告げた事は無いけれど、顕現以来ずっとそう思っている。
雪深い山の奥、同じ地で同じ鋼と同じ水から生まれた刀。肉体という器を得て刀剣男士という神に連なる存在として顕現するずっと前、意識も感覚も曖昧だったあの頃から、そう思っていたのかもしれない。
彼に抱く「特別」が理解者という枠からはみ出していると気づいたのはいつだろうか。刀という無機物であった頃には持ち合わせていなかった、感情の存在を理解して折り合いをつける事ができるようになった頃だろうか。
その存在を身近に感じられる時の満足感や充足感。それと同時に襲ってくる、離れていってしまうのではないのかという不安、焦燥感。この体の奥深くで揺れ動くものを何と呼べばいいのだろうか。僕は知己の刀にそう尋ねた事がある。僕の話をひとしきり聞いた彼はこう言った。それは恋だと。
これが、恋。胸の内でその言葉を反芻すると、奥底でずっと揺れていたものがすっと静かになった。答えてくれた彼曰く、それは四季の移ろいを愛でるのとはまた違う、人の子が持つ特性なのだという。人の子と同じような肉体を得た事により、僕にもその特性が備わったらしい。
諸々が腑に落ちた僕は、同じ事を当の本人に聞いた。どんな答えが返ってくるのか楽しみだった。先の彼とは違う視点で何か返してくれるだろうと期待を抱いていた。それが間違いだった。

「そういうの、よくわかんねーな」
……そう。変な事を聞いてすまなかった」

よくわからない。返ってきたものはその一言だけだった。僕は聞いた事を後悔した。この特性を身につけてしまった事自体は間違いでないけれど、不要のものだった。だから決めたのだ。標準的な松井江になろうと。彼を――豊前江を純粋に理解者として慕う、普通の松井江にならなくてはいけないと。
僕は「特別」を捨てた。

* * * * *

(眠れない……

真夜中の本丸。僕は布団の中で幾度目かの寝返りを打った。元から眠りが浅く、一向に寝付けず朝を迎える事も多かった。ここ最近はその傾向が顕著で、そろそろ日々の業務にも支障をきたしそうだ。その理由はわかっている。夜、豊前の部屋に行かなくなったからだ。
眠れない夜は豊前の部屋で過ごす事が多かった。彼と他愛ない世間話をしているうちに、気づくと並べた布団の中で寝ていた。あの日以来、僕は一度も夜に豊前の部屋を訪ねていない。これは理解者の範囲外だと思ったから。
今夜も眠れそうにないと、僕は眠る事に見切りをつけた。部屋の障子を開ける。星空が綺麗だった。たまには星見の夜と洒落込むのも悪くないい。寝間着浴衣の上にの羽織り物を一枚羽織ると、草履を持って部屋を抜け出した。隣の部屋は桑名だから今頃熟睡しているはずだし、反対側は物置だ。起こしてしまう心配は無かった。
忍び足で廊下を歩く。突き当たりにある扉を開けるとそこはまた別の物置で、天井を突き抜けて上に伸びる梯子が置かれている。以前、ここから屋根の上に行けると教えてもらった事がある。木の梯子を軋ませながら、僕は屋根の上に出た。滑り落ちないように気をつけながら、瓦屋根の上を歩く。屋根の上を好む男士の昼寝場所辺りで松井は腰を下ろした。
部屋の中から見上げた時よりも、星空はずっと近かった。明るい星をいくつか結ぶと星座ができあがるのだが、あいにく僕は不勉強だった。今度、図鑑を借りてこようかな。

……流れ星だ)

星空をぼんやりと見ているうちに、東の空の端が白く明るくなってきた。夜が明けるとみんなが起きてくる。その前に部屋に戻らねば。来た時と同じように屋根瓦の上を歩き、物置の梯子を下りて部屋に戻った。少しだけでも眠ろうと布団に入って目を閉じてみたが睡魔は訪れず、気づけば朝餉の時間だった。
目の下にできた隈は随分と濃くなっている。洗面所の鏡で自分の顔を見て、思わずため息をついてしまった。あぁ、朝の日差しが目に痛い。

眠れなかったツケは昼間に回ってきた。ここしばらく出陣や遠征から離れており、主な仕事は書類仕事だった。畑仕事や馬当番よりは実務の方が好きだし、この状態では戦に出たところで満足に動けないので助かるのだが、書類仕事も連日となるとそれなりに疲労が溜まる。
主に渡してくれと近侍から預かった書類を手に、執務部屋に向かって歩いている途中の事だった。

――ぐらり

突然、視界が傾いた。立ちくらみだ。足に力を入れて踏ん張ろうとしたが間に合わない。拾い集めるのが面倒だから、書類を散乱させないようにしないと。僕は咄嗟に書類を抱え込んだ。自分の事は一切頭に無かった。

……大丈夫かい?」

運良くその場に通り掛かった誰かが、倒れそうになった僕の体を支えてくれた。それは恋だと教えてくれた知己、歌仙兼定だった。すまない助かったと礼を言おうとする前に、歌仙に顔を覗き込まれた。そして思いっきり顰め面をされてしまった。

「手に持っているそれは主宛てかい? 代わりに渡しておくから、今日はもう休んだ方がいい」
「大丈夫」
「そう見えないから言ってるんだ。行くよ」

書類を奪うと、歌仙は僕の腕を掴んだ。一体どこに連れていくつもりかと思えば、着いた先は僕の部屋だった。歌仙は押し入れを開けると布団を敷き、僕を布団の中に押し込んだ。断りを入れる事すらしなかった。

「歌仙、その……
「何か言ったかな?」
……何も」

横からものすごく強い圧を感じる。歌仙は僕が眠るまで見張っている気満々だ。彼は僕の顕現当初の世話役。細川の縁もあってか、歌仙はやや過保護の気がある。他の細川に縁のある刀もそう言っていた。当然彼のことは嫌いでないし、信頼できる心強い仲間だと思っている。しかし、世話を焼かれすぎると反発したくなるのもまた事実だ。
でも、何か言ったところで今の彼は聞いてくれないだろう。そう判断した僕は仕方なく目を閉じた。眠れる気は全くしないが、とりあえず目を閉じれば何とかなるだろうと思って。しばらく目を閉じてじっとしていると微睡みがやって来た。それを察したのか、歌仙は静かに立ち上がって部屋から出て行った。

…………誰かいる?)

うつらうつらと微睡んでいたのも束の間で、僕はすぐに現実に引き戻されてしまった。そして誰かいる事に気がついた。歌仙の気配ではない。ならば一体誰だろうか。確かめようとして目を開けかけたが、それを遮るように瞼の上に何かを押し当てられた。

――これは手のひらだ。

この手はあたたかくて優しくて、安心できる。今なら眠れるかもしれない。僕はゆっくりと眠りの中に引き込まれていった。この手が彼の手だったらいいのになという、淡い期待を胸に抱きながら。
次に目を覚ました時、部屋には僕しかいなかった。外はまだ日が高くて明るい。やはり短い時間しか眠れなかったのかと思ったが、そんな事はなかった。昼は昼でも、翌日の昼だった。僕は丸一日寝ていたみたいだ。寝過ぎて体は痛いし頭もぼんやりと重たいが、寝不足の疲労感は消えていた。

数日後、僕は豊前とすれ違った。豊前とは部隊や内番が被る事が少なくて、食事の時以外で顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。彼を避けていたわけではないけれど、以前に比べると何となく距離ができていた。

「松井、もういいのか? この間倒れたって歌仙に聞いた」
「心配かけたね。もう大丈夫。少し寝不足だったみたいだ」
……少しってもんじゃねーだろ、あれは」

その言葉に僕は微かな引っ掛かりを感じた。豊前の口ぶりは伝聞ではなくて、直接現場を見たような言い方だ。彼とは最低限しか顔を合わせていない。僕がどれだけ眠れていなかったかなんて、豊前に知る由は無い。無いはずなんだ。
不意にあの時の淡い期待を思い出す。もしかして、もしかしたら。――聞いてみてもいいのだろうか。

「豊前。あの日、僕の部屋に来た……?」

どうしよう。少しだけ声が掠れてしまった。相手の反応を窺うように、恐る恐る僕は聞いた。一瞬きょとんとした豊前は、小さく頭を振った。返ってきた答えは否定だった。

……いや。ずっと外にいた」

隈、消えてよかったなと目元を一撫でして豊前は立ち去った。後ろ姿を見送る事もできやしない。心臓が痛かった。斬られた時とも刺された時とも違う痛みが僕を襲う。
僕はそれを捨てたはずなのに。普通の松井江になるために捨てた「特別」がまた姿を見せようとしている。この場に一振り取り残された僕は動けなかった。

――どうしてそんな顔をしたの。何でそんなことをしたの。教えてよ。

体の奥底がざわめいて、振り子が大きく揺れている。入り乱れてぐちゃぐちゃに絡み合った感情は解けそうにない。
教えてよ、豊前。胸の内にあるものは何なのか、教えてよ。今、痛くて痛くて仕方ないんだ。

真実は夢の中、その胸の内に。


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ごーとぅすてぃじ 3の開幕を今から心待ちにしています。


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