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ナガレ
2021-06-20 18:14:26
3225文字
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豊前と松井とファンサの話
ファンサを覚えた豊前と心臓がもたない松井と。ぶぜまつっぽい。今さら刀ミュの2021乱舞音曲祭ネタです。n番煎じでごめんなさい。
「松井江ー!そろそろ始まるよ!」
「すぐ行く!」
夕方、審神者が松井江を大きな声で呼んだ。呼ばれた松井は慌てて部屋から出て行った。その後ろ姿を豊前江は見送った。ここ一週間ほどの風物詩である。
「
……
今日もか?」
「みたいですね」
本丸と一口に言っても様々な本丸が存在している。特に政府直属の審神者が持つ本丸は独特で、その中には興行を主な任務とする本丸があった。古来より神様連中は歌と踊りが好きだ。その一環で歌と踊りに注力する本丸ができたらしい。
らしいというのは、豊前は詳しく知らないからだ、この本丸は標準的な本丸で、審神者も民間人。篭手切のように今様の歌と踊りが好きな者はいるが、本丸全体がそういうものに注力しているわけではない。せいぜい、興行の様子を納めた映像を見るぐらいだった。
今回、新春興行を生中継するというので、初日の公演を江の者達で見た。なぜか審神者も一緒だったが、そこは別に問題無い。歌って踊れる付喪神を目指している篭手切はすごいすごいと終始はしゃいでいたし、豊前自身もすごいなと思った。桑名はやっぱり大地に聞くよね~と共感していた。そこまではよかった。
松井は直視できないと審神者の陰に隠れていた。それが二日も経てばしっかりと焼き付けるように見ているではないか。ガン見である。はっきり言おう。豊前は松井が他所の本丸の同位体に夢中になっているという事実が面白くなかった。
「主も松井さんも、あちらのりいだあにみすていくされるまでは死ねないと言ってました」
「何だそりゃ」
昨日も松井は審神者と一緒に興行の生中継を見ていた。豊前が審神者の執務部屋の前を通り掛かると、二人して光る棒を振っていた。あとから篭手切に聞いてみたところ、あれはペンライトというらしい。夜戦時に明かりに使えそうだと思ってしまったが、篭手切にばっさり切り捨てられそうだったので豊前は言わないでおいた。
「
……
そんなにいーもんなのかよ」
幾分か低い声でぼそりと呟いた豊前。その声色で豊前と共に松井を見送った篭手切は察した。松井を取られた豊前が同位体にやきもちを焼いて拗ねていると。本刀は自覚していないだろうし、指摘したところで絶対に認めないだろうけれど。
「ふぁんさ、りいだあもやってみますか?」
「ふぁんさ?」
「応援してくれるふぁんに対して手を振ったり、ういんくをしたりすることです。松井さんはりいだあのふぁんですから、きっと喜ぶと思いますよ」
「そーだな。やってみっか」
夕飯までの時間制限付きで、篭手切によるふぁんさ教室が始まった。
*****
おおよその松井江に共通する性質として、豊前江への好感度の高さがある。この本丸の松井も例に漏れず、豊前江というだけで好感度は振り切れている。松井の一番は同じ本丸の豊前だが、それはそれ、これはこれ。審神者と一緒になって歓声をあげながらペンライトを振るのは楽しかった。
全力でペンライトを振り抜いてきた松井が、今日も最高だったとまだ夢見心地のまま廊下を歩いていると、向こうから歩いてきた豊前とすれ違った。夕餉を済ませた帰りのようだ。
「松井」
――
ずきゅーん
「え、何、今何した
……
!?」
松井がばっと振り返ると、手を振って立ち去る豊前の後ろ姿。翌日から松井のある意味受難の日々が始まった。
すれ違えばウインクをされ、どこにいても見つけられたら手を振られ、時には両手で作ったハートを見せてくる。さっきなんて唇に触れさせた二本指で何かをこちらに飛ばしてきた。その行為の名称を松井は知っている。投げキッスというやつだ。一体何だ。何が起こっているんだ。
ただでさえ連日の興行生中継で射貫かれまくって心臓が痛いというのに、そこに豊前の奇怪な行動がプラスされた。松井はキャパオーバーしそうだった。いや、もうしているかもしれない。
「主!」
ついに耐えきれなくなった松井は審神者の元に逃げ込んだ。
「豊前が
……
豊前が
……
!」
部屋の外から声を掛ける事もせず、突然すぱーん!と部屋の出入り口を開けて転がり込んできた松井。いつもの松井からは考えられない様子に、一体何事かと審神者は身構えた。
「!? 豊前江に何かあったのか!」
「急にウインクしたり手を振ったりするようになってきたんだ!さっきなんて、な、な、投げキッスをしてきた
……
!」
「は?ファンサじゃん」
「心臓がもたない
……
」
心臓がもたないという松井の気持ちは、まぁわからなくもない。好感度最高の相手が突然そんな事をしてくるのだ。しかし巻き込まれるのも馬に蹴られるのも御免である。審神者はふうと一つ息を吐くと、出入り口の前でへたりこんでいる松井の肩をぽんと叩いた。
「当事者同士で話し合うように」
ぺいっ。子猫をあしらうように、松井は審神者の部屋から追い出されてしまった。
「
……
豊前」
話し合えと言われてしまった松井が仕方なしに江部屋を覗くと、中には豊前だけがいた。ちょうどいい。さっさと聞いて終わらせてしまおう。今日も夜の中継を見なくてはいけないのだから、問題事は早く片づけてしまうに限る。松井は変な所で潔かった。
「少し聞きたいことがあるんだ」
「いーぜ。何だ?」
「その、急にファンサを見せてくるようになったのはどうしてかなと思って」
豊前の正面に座った松井は単刀直入に聞いてみた。そして聞いた後にふと思った。そもそも豊前はファンサという言葉を知っているのだろうか。
「ファンサっつーと
……
」
その言葉を聞いた事はあるようで、ファンサの説明を省く事ができると松井は安堵した
――
のだが。
「これとか」
ウインクが松井に飛んできた。被弾、一。
「これとか」
指で作ったハートと両手で作ったハートを見せられた。被弾、二と三。
「これとか」
ぎゅっと宙で何かを抱き締める仕草。被弾、四。
「これのことか?」
ちゅっと音が聞こえそうなぐらいにわざとらしく指先に口づけて、その指先が松井に向けられた。被弾、五。松井の残機は無くなった。
「豊前、君は
……
」
俯いてしまった松井の体がわなわなと震えている。何かまずい事でもしてしまったのかと豊前は内心で焦った。篭手切はファンサとやらをすれば松井が喜んでくれると言っていたのだが
……
。豊前が声を掛けるか掛けまいかと迷っていると、松井が顔を上げた。その顔は真っ赤で、朱に染まるなんてレベルではなかった。
「僕のこと折りたいの!?君はファンサやっちゃだめだから!無理。本当もう無理。勘弁して
……
」
ここまで言われるとは思わなかった。松井は喜んでくれているのだと決め込んで、調子に乗り過ぎてしまったのかもしれない。豊前は反省した。そして少しだけ凹んだ。同位体がやるのはよくても、自分がやるのはだめなのかと。教えてくれた篭手切には悪いが、松井が嫌だと言うのなら今後やる事は無い。
「そんなに嫌だとは思っとらんかったけ。悪かった」
「
……
違うから」
豊前のネガティブな心情を察したのか、松井は視線を逸らしながら否定した。豊前は悪くないのだ。自身に問題があるだけで。
「嫌じゃない。ただ、心臓がもたないだけ。違う君だとわかっていても死にそうになる時があるのに、豊前にこれ以上されたら、本当に死んじゃうから」
「そ、そうか
……
」
「だから、たまに手を振るぐらいに留めてほしい
……
」
そう言うと、松井は再び俯いてしまった。髪の合間から見える耳は、余すところなく赤かった。豊前も豊前で、手で顔を覆ったまま動けなかった。
結局、審神者が「今日の中継始まるよ~」と松井を呼びに来るまで黙り込んでいた二振りだった。
----------
ウインク、ハート、エアハグ、投げキッス
…
。ファンサにも色々あると知りました。
心の中の松井が何度も瀕死になった、乱舞音曲祭。
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