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ナガレ
2021-06-03 21:11:54
3916文字
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約束(ぶぜまつ)
守れなかった約束と未練について。刀剣破壊からの転生もの。転生豊前の薬指を光らせたいと迷走した結果、こうなりました。続きをそのうち書けたらいいな。
約束をしていた。
* * * * *
「篭手切!」
視界の端で小柄なその体が飛んでいく。敵薙刀の振り払いに巻き込まれた篭手切江は弾き飛ばされ、近くの雑木にぶつかった。なかなか起き上がらない篭手切。頭を打って気を失ったのだろうか。
「埒が明かねーな
……
」
篭手切を払い振ばした薙刀を始末しながら、豊前江は苦々しい顔で呟いた。敵刀を斬り伏せた桑名江が急いで篭手切の元に駆け寄ったのが見えた。篭手切の事は桑名に任せておけば大丈夫だ。五月雨江もそう判断したのか、篭手切の方に向けかけた足を戻した。
たまには同派水入らずで行っておいでよ、と江の者達だけで組まれた遠征。練度は充分に足りていたし、単なる見回りのはずだった。
――
時間遡行軍の襲撃に遭うまでは。
この時代のこの場所に遡行軍が出現したという報告は聞いた事がない。応戦しているうちに散り散りになり、この場には部隊長の篭手切、豊前、桑名、五月雨しかいなかった。松井江と村雲江は、はぐれてしまったのか姿が見えず、それがまた豊前に焦りと苛立ちを覚えさせた。
数を見る限りでは明らかな劣勢。強制帰還を行うとしても、帰還地点まで辿り着く必要がある。そして帰還指示は本丸の審神者か部隊長しか出せない。審神者は現世での用事があるから数日不在にすると言っていた。通信で状況を把握することはできても、留守を任された近侍では帰還指示が出せない。
この場合、最も優先すべき事項は何か。
――
部隊長である篭手切を帰還地点に連れていく事だ。
「桑名!篭手切を帰還地点に連れていけ!」
敵を振り切り、部隊長の指示で強制的に帰還する。豊前のそろばんはそう導き出した。帰還地点は全員頭に入っているから問題ない。豊前は桑名に指示を出すと、次に少し離れた所で応戦している五月雨に向かって叫んだ。
「五月雨!」
五月雨が耳だけをこちらを向けた。目の前の敵から目を背けたら、自分がやられてしまう。敵刀の動きを注視しながら、五月雨は豊前に無言で続きを促した。
「松井と村雲と合流して、帰還地点で落ち合え!」
「豊前、あなたは!」
「
……
殿を引き受ける」
五月雨が相手をしていた敵刀にとどめを刺したので、この場に残る敵は大太刀が一振り、太刀が二振り。一対三になってしまうが仕方ない。意識の無い篭手切を連れていく者と、はぐれた松井および村雲と合流する者が必要だ。彼らが帰還地点に辿り着くまで時間を稼がねばならない。数でも刀種でも明らかに不利。しかし誰かが引き受けなければいけない役目だ。
豊前の言葉に五月雨は一瞬息を飲んだが、僅かに首を縦に降ると雑木林に消えた。口元が小さく動いていたが、豊前の位置からは読唇をしても何を言っていたのかわからなかった。何となく想像はつくが。
元々隠密行動を得意とする五月雨。彼なら敵に気づかれる事なく松井達と合流し、帰還地点に辿り着けるだろう。豊前は桑名に目線を送った。また、かっこつけてると言われてしまうのだろうか。でも、りいだあという役割を求めてくれたのだから、豊前はそれに応えたかった。
「相変わらず、かっこつけすぎ」
「絶対言われると思った」
「
……
本当にこれでいいんだね」
「あぁ。これでいい」
小声で言葉を交わす豊前と桑名。まだ敵には気づかれていない。桑名が意識の無い篭手切を背負った。ここから帰還地点まではそう遠くないから、豊前が時間を稼げば桑名の足でも敵に追いつかれる事なく辿り着けるはずだ。何か伝言があれば聞くけどと、桑名は豊前に背を向けたまま尋ねた。
「松井に、」
豊前は言葉詰まった。
「
……
いや、特に何もねぇから早く行け」
一瞬だけ目を伏せた豊前。桑名から豊前の表情は見えない。でも、空気でわかる。桑名は前髪の下でぴくりと眉を顰めた。これが結果として同胞を泣かせる事になったとしても、豊前に決意を翻す気は無いのだ。桑名は未練を断ち切るように走り去った。これ以上、桑名が豊前に言う事は何も無かった。
桑名の姿が見えなくなった事を確認すると、豊前は敵の前に飛び出した。自分は殿であり、囮。ここから先には行かせない。必ず彼らを生きて帰す、それが己の役目だ。たとえここで朽ち果てる事になったとしても、成し遂げてみせる。
「
……
五月雨、そろそろ説明してくれないか」
「雨さん
……
」
先に合流地点の帰還地点に着いたのは桑名で、少し遅れて五月雨が松井と村雨を連れて来た。二振りは何も聞かされておらず、松井は苛立ちを、村雨は不安を隠しきれていなかった。二振りを連れてきた五月雨は、桑名に「すべて理解しています」という顔を向けた。
それがさらに松井の苛立ちを強くさせる。帰還地点に連れてこられたという事は、強制帰還で本丸に戻るのだろう。それならそうと言ってくれればいいのに。豊前は何か知っているのかと尋ねようとして、松井は気がついた。
「豊前は?」
「
……
松さん、すみません」
五月雨が松井の鳩尾に肘打ちを入れた。その重い一打に膝をつく松井。いつもと変わらぬように見える五月雨の表情に悲痛な翳りが差しており、村雲はこの状況の意味を、この場に豊前がいない意味を察した。五月雨は憎まれ役を買って出たのだ。そして桑名も、また。
「五月雨。松井のこと、押さえつけといて」
こくりと頷き、痛みを堪えて起き上がろうとする松井を五月雨が押さえつけた。桑名と五月雨が何を考えているのか理解した松井が、待って
…
と声を上げる。まだ、彼が来ていない。彼一振りで残った敵をすべて倒し、ここで助けを待てというのか。そんなの
――
松井の言いたい事はわかる。しかし桑名は松井の懇願を無視した。
「篭手切、起きて。篭手切」
「
……
ん
……
桑名さん
……
?」
あの悪友刀は本当に酷な事をさせる。桑名にも、五月雨にも。村雲にも、篭手切にも。そして松井にも。今度会った時は、まずあの顔面に一発喰らわせてやりたい。握り拳の震えを押さえつけるように、桑名は努めて冷静に告げた。
ふざけるなと言って無理に連れていく事もできた。だが、それでは追手を振り切れなかった。彼の決断は間違っておらず、その決断を尊重したのは自分。恨むなら僕を恨んでくれればいい。前髪に隠れたゴーグルの下、桑名は目を閉じた。
「今すぐ帰還指示を出して」
* * * * *
桑名達は本丸に戻れただろうか。豊前は汗と返り血の重みで垂れてきた前髪を掻き上げた。もう手に力は入らないし、視界も霞んできている。少し血を流し過ぎてしまったみたいだ。それでも止まるわけにはいかない。役目はきっちりとこなすし、やると決めたからにはそれを貫き通す。それが豊前の礼儀だ。
酷使した愛刀は刃こぼれがひどく、もう敵を斬る事はできないだろう。斬る事ができないなら、刺せばいい。敵の急所に狙いを定めると、豊前は最後の力を振り絞って地面を強く蹴った。
(終わった、か
……
)
刀身が敵太刀の体を貫通した感触。そして、己の体もまた。絶命した敵太刀が砂塵となって消えていく。この場にいた敵はすべて倒した。これで終わりだ。豊前は崩れ落ち、仰向けに倒れた。握力を失った手から刀が離れて転がった。流す血はもう残っていなかった。
『欲しいもの?
……
何か揃いの物、とか。人の子の真似事みたいで変かな?』
数日前の他愛もない会話。こんな事になるのなら、今度探しに行こうと約束するのではなく、あの時その足で行けばよかった。でも、もう遅い。約束だと告げた時の嬉しそうな笑みは、こんなにも鮮明に思い出せるのに。
あの低く落ち着いた声が、名前を呼ぶ時はほんの少しだけ高くなるのが好きだった。もう一度だけ、それを聞きたかった。豊前、と柔らかく名前を呼んで求めてほしかった。それももう叶わない。
空が、大地が、風の音が、血と鉄の匂いが、すべてが豊前を置いて遠ざかっていく。そんな中で思う事はただ一つ。
(約束守れんくってごめんな
……
)
ゆっくり目を閉じると、世界の向こうが見えた気がした。
・
・
・
・
・
この夢を見るのは久しぶりだった。
気づくと豊前は刀剣男士ではなくて人の子の姿になっており、いつの間にか二十余年が経った。刀として生まれた己が数百年後に刀剣男士になり、そして今度は人になった。あれを前世と呼んでいいのかいささか疑問ではあるが、豊前はすべて覚えていた。
体を貫かれた感覚も、仰向けで見上げた底抜けに明るかった青空も、最期に一筋だけ流れた涙が頬を伝った感触も。
今は西暦二千年代の初頭。ここからおよそ二百年経つと、時間遡行軍との戦いが始まる。刀剣男士の存在なんて、誰に言っても信じてもらえないだろう。けれど、歴史が変わらなければそれは確かに起こる事なのだ。豊前はそれを知っている。知っていても今は何もできないが。
……
そろそろ出勤の時間だ。チェストの上に置いた腕時計を左手首に、指輪を右手の薬指に着けた。指輪はシンプルな意匠のペアリングで、見る人が見ればわかる程度のもの。けっして高価な物ではない。何年も前に豊前が初めての給料で買ったものだった。
「行ってきます」
誰もいないとわかっているのにそう言ってしまうのは、どうしても抜けない癖。出陣する時も遠征に行く時も姿を見つけてそう声を掛ければ、いつも「いってらっしゃい」と送り出されたから。逆に、気をつけて行ってこいと相手を送り出す時もあった。
チェストの一番上の引き出しの奥。揃いの指輪の片割れは箱の中で眠っている。
渡すべき相手には、まだ出逢えていない。
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