ナガレ
2021-05-02 18:00:13
4695文字
Public
 

ハッピーエンドじゃ満足できない(ぶぜまつ)

両想いになってお付き合いを始めたけど、それだけでは満足できなくなった松井の話。初心に返って甘酸っぱい話を練った結果です。
タイトルは (創作向けお題bot)@utislove より

それは一ヶ月、いや二ヶ月、もしかしたらもう少し前だったかもしれない。その日僕は、一気に終わらせた書類仕事の疲れもあって、文机に突っ伏してうたた寝をしてしまっていた。
何か用事があったのか、彼は僕が寝ている間に来ていて、柱に凭れながら静かに僕が起きるのを待っていた。
西日が差し込む部屋に二振りきり、赤橙に染まった伏せ目の横顔がやけに印象的で胸が締めつけられた。
燻る焦燥感。おはようと、不意に横顔がこちらを向いた。


――僕、豊前のことが好きだ。刀のくせに何言ってるんだって思うかもしれないけど、人の子みたいにというか、その特別というか、その……
「その理屈で言ったら、俺も松井のこと好きだよ」

松井江のあまりにも突然すぎる拙い言葉。豊前江は皆まで聞かずとも両手で受け止め、その日から二振りのお付き合いが始まった。
元から松井に甘いところのあった豊前だったが、この日を境に己に対する甘やかしが加速したと松井は思っている。
夕飯に松井の好物が出たら分けてくれたり、遠征に出たら土産を渡してくれたり、寝る前に二振りだけで他愛も無い話をしたり、たまに揃って遠乗りに出たり。
清く正しく、至って健全なお付き合い。接触らしき接触は、遠乗り先で豊前に軽く手を握られたぐらいだ。誰かと想いを通わせたら、宝物のように大切に傷つけないように誠意を込めて優しく扱う。豊前は松井の思っていた通りだった。
大切にされる事は嬉しい。刀であった時とはまた違う意味で。これが愛されているという事なんだと理解できるようになった。想いや心を通わせるという事はとてもよい事だ。
松井は豊前の想いをこれっぽっちも疑っていない。疑ってはいないのだが……

(どうしよう……

僕達両想いだったんだね嬉しい、で終わらないのは子どもだって知っている。今はまだこれでいいと思っているし、そう自分に言い聞かせている。しかしそろそろ抑えきれなくなってきた。自分がこんなにも欲深いと思わなかった。
お付き合いの過程における『手を繋ぐ』という行為は一応終えた。次は何だ。これを参考にして頑張ってねと、乱藤四郎が貸してくれた漫画本の主役達は手をつないだ後に何をしていた?
……そうだ。次は口吸い、接吻だ。軽く触れるだけいい。頬でも額でも構わない。松井は豊前に触れてみたかった。
それに、松井は豊前がそれとなく先導してくれるものだと思い込んでいた。まさか何もしてこないとは思わなかったのだ。

彼に想いを通わせただけで満足しているのかと聞いてみてもいいのだろうか。人の子の真似がしたいとねだったら、はしたないと思われるだろうか。
豊前は人というものに染まっているように見えて案外染まっておらず、どこか清いところもある。自分達は刀剣男士であり付喪神の一種であり刀というモノ。人の子とは違うからと、そんな事は端から考えていないのかもしれない。
お付き合い云々だって、松井の存在を「江の中でも別枠」と、扱い方を変える事にしただけかもしれない。
聞いてもいいのだろうか。聞いて断られてしまったらどうしようか。
そんなこんなで、ここ数日松井はずっと悶々としていた。豊前に対して挙動不審で、敏い同胞の脇差が「りいだあと何かありましたか?」と聞いてくる程度には挙動不審だった。

そして今日も松井は挙動不審を極めている。豊前と共に畑当番が割り当てられていたからだ。二振りとも畑仕事はあまり好まない。
とは言え、当番が回ってきたら真面目にやる二振り。ぶつくさ言いつつも朝から畑仕事に勤しんで汗を流していた。
力仕事は豊前が受け持ち、細かな作業は松井が担当する。役割分担をして各々進めていく事にした。そこまではよかった。
何と言えばいいのか、松井は豊前を視界に入れる事できなかった。黙々と作業をしている間は何てことないのだが、豊前に声を掛けられたり近寄られるたびに、松井はびくりと大げさに反応していた。
この辺りで一旦休憩にしようと、豊前は松井に声を掛けた今もそう。案の定、松井は「松井ー!」と畑の向こう側から名前を呼ばれただけで肩を大きく跳ねさせてしまった。
何か言いたげな豊前を躱し、松井は水を持って日陰――納屋の陰に入った。盛夏でなくとも、こまめな水分補給は大事だ。

豊前も松井も無言だが、松井は豊前をちらちらと見ていた。松井は豊前の横顔が好きだ。こうやって盗み見てしまうぐらいには好きだ。
しかし、視線を感じた豊前が松井の方を向くとぱっと目を逸らしてしまう。そんなやり取りがもう何回も繰り返された。
本当はちゃんと目を見て話がしたいのに、先に体が反応してしまう。挙動不審になっておかしな事を言い出さないようにという、一種の防衛反応なのだろうか。松井の思考は迷走していた。

……松井」
「ひゃぅ!……な、何?」
「思ったんだけど、付き合うってやつやめるか?松井無理してるだろ」
「や、やめない!」

松井はぶんぶんと大きく首を横に振った。松井は僕達両想いだっんだね嬉しいだけでは満足できなかった。だから、僕とお付き合いというものをしてほしいと申し出たのだ。
豊前は「いーぜ」とそれを二つ返事で首肯した。それをやめるだなんて、とんでもない。

「そうか?微妙に避けられてるっつーか、前の方が近かったっつーか……

どこか自信なさげな豊前。松井は言葉に詰まってしまった。――違う、違うんだ。豊前は何も悪くない。悪いのは僕なんだ。だから、やめるとか無理をしているとか避けられているとか、そんな事を言わないでほしい。

「違う。避けてなんかいない。その、もっと触れたいとか、近づきたいとか、ここ最近そんなことばかり考えてしまって、そんな時に声を掛けられたら、びっくりしてしまうというか……

しどろもどろだが、ついに言ってしまった。はしたないと思われただろうか。何を言ってるんだコイツと思われただろうか。もしかしたら嫌われてしまったかもしれない。彼に嫌われてしまったらどうすればいい?
そうだ。主に頼んで感情を消してもらおう。折れてしまっては刀剣男士としての役目を全うできないから、何も感じないようにしてもらおう。それがいい。何も感じなければただのモノとして存在できる。敵を斬る事さえできれば役目は果たせる。立派な刀掛けに飾られていた頃に戻るだけだ。
戻るというのなら、審神者の力で顕現する前の刀の状態に戻してもらうのもありだ。そんな事ができるのか知らないけど。刀剣男士・松井江の力が必要な時だけこの姿にしてもらえばいい。そうすれば一振り分の食費が浮く。食費は経費、経費が浮けば支出が減る。この本丸の財政難も少しは解消される。
松井のしどろもどろな発言に何やら考え込んでいる豊前そっちのけで、松井の思考はどんどん明後日の方向に加速していった。

……してみるか?」
「ふぇ?」

じり、と豊前が松井に近づいた。豊前が動いた事で松井の思考は明後日の方向から戻ってきたが、今度は違う方向に走り出した。
近い近い、近すぎる。近づきたいとは思っているが、心の準備ができていない。そんな真剣な顔でこちらを見ないでくれ。いつ見てもかっこいいし惚れ惚れする……じゃなくて、どうしたらいいかわからない。鼻血は出ないが何か出る。
松井の脳内では半鐘がけたたましく鳴っていた。すすすすと後退ったが豊前との距離は広がらず、むしろ縮まるだけだった。気づいた時には納屋の壁に背中がついていた。

「まつ」

松井は豊前にそう呼ばれる事にすこぶる弱い。右に左に視線を彷徨わせていた松井が観念して恐る恐る豊前に視線を向けると、間髪入れずに温もりが重なった。
――これが、口づけ。松井は思わず己の唇に触れた。ほんの一瞬だったけれど、ここに豊前の唇が触れた。理解した松井の白皙が一気に朱に染まった。

「もう一回」

そう言うよりも早く、先ほどよりも少しだけ強めに押し当てられた。これが豊前の唇の温度なのか。静かにその温度が離れると、今度は松井から追いかけて重ねに行った。豊前の目が少しだけ丸くなる。しかしすぐ眇められて元に戻った。
豊前が松井の背中を納屋の壁から引き剥がした。背中に回された豊前の腕。ゼロ距離まで近づいた豊前からは少しだけ汗の匂いがした。でも嫌じゃない。
思えば、こうやって抱擁される事も初めてだ。松井もおずおずと豊前の広い背中に手を当てた。……あ、今どくんってなった。

松井が顔を上げると、そこにはほんの僅かに眉頭を寄せて、やけに熱っぽく松井を見ている豊前がいた。

「もっとしたい」
……僕も、」

したいと言い切る前に豊前によって遮られた。強く長く重なった事で、それが少しかさついているのがわかる。そのかさつきすらも松井の心を駆り立てた。
心臓はどくどくばくばくと大きな音を立てて血液を送り出しているのに、意識はふわふわと頭の上を漂っている
。このまま何度も口づけを交わしたら、温度も形も感触すらも覚えてしまいそうだ。
松井がぼんやりしながら口づけを享受していると、不意に豊前の舌先が当たった。……こういう時はどうすればいいのだろうか。松井が狼狽えているうちに、軽く舐められて、下唇を食まれた。
一体何が起きているのかわからない。松井が混乱しているのなんてお構いなしに、豊前は松井を味わっていく。
鼻呼吸だけでは苦しくて、松井は息継ぎをしようとほんの少しだけ口を開いた。
その隙間からぬるりと入ってきたものは、もしかして――ちょっと待って、僕こんなの知らない。

「ん、ぅ……

接吻とは口と口を合わせるだけの行為ではなかったのか。少なくとも乱に借りた漫画本はそうだった。ふぁーすときすとやらをした主役達は、顔を見合わせて照れくさそうにはにかんで終わっていた。
えへへと照れくさそうにするどころじゃない。そもそも離してもらえない。このままだと熱くて茹だってしまいそうだ。のぼせて鼻血が出そうだし、全身の力が抜けてしまう。
気づけば立っている事が難しくなって、松井はずるずるとその場にしゃがみ込んでいった。それに合わせるように、目の前の豊前もしゃがみ込んだ。
腰の抜けた松井がとすんと地面に尻もちをついた音がして、ようやく豊前が松井を解放した。
一体今のは何だったんだ。僕の知っているものとは違う。松井は混乱の極みにいた。

そんな松井の頬に豊前の手が添えられた。いつもは豊前の体温の方が高くてあたたかいのに、今はひんやりと冷たく感じられる。
松井が冷たくて気持ちいいと思っていると、ふっと豊前が相好を崩した。愛らしくてしかたないという感情が隠しきれていなかった。

「松井のほっぺた、あっちぃな」

豊前の頬も松井に比べたらわかりにくいが、そこそこ赤くなっている。むっとした顔で、松井も同じようにぺたんと豊前の頬に手を当てた。ほら、いつもよりも熱い。

……豊前も熱いよ」
「知ってる」

照れ隠しに引き寄せられて、もう一度。また軽く押し当てるところから始まった。今度は心の準備ができているからたぶん大丈夫。松井は豊前の内番着の胸元をきゅっと掴んだ。
両頬を豊前の両手で挟み込まれ、混じって同じ温度になる。己が熱いのか彼が冷たいのか、松井にはよくわからなくなってきた。


----------
ちゅっちゅしている推しカプは健康に良いものです。
豊前もどうやって先に進めばいいのかわからなくて、結果的に健全なお付き合いになっていたよって話。


【Wavebox】https://wavebox.me/wave/dt3sbq0apzlnkkwl/
↑ Waveboxです。匿名メッセージを送ることができます。何かあればどうぞ!