穏やかな昼下がり。内番を終えた豊前江は午後は何をして過ごそうかと思案していた。桑名江は自主的に畑当番、篭手切江は買い出し当番、五月雨江と村雲江は練度上げの真っ最中につき、不在。松井江は「数字が合わない……」と死にかけの顔をしていたから、声を掛けない方がいいと思った。別に一振りで時間を潰すのは苦にならないので、何とかなるだろうと豊前はのんびりと廊下を歩いていた。
「豊前」
「松井?」
廊下の反対側から歩いてきたのは松井だった。数字は合ったのだろうか。松井には悪いが、そこは豊前が手伝う事のできない範囲だ。単純作業と使いっ走りぐらいの戦力にはなれるけれど。
「ちょっと話があるんだ」
――にっこり。有無を言わさぬ松井の微笑みに、豊前の背筋を冷や汗が伝う。経験上、こういう時の松井はとてつもなく恐ろしい。何かやらかしたかと記憶を辿ってみるが、心当たりは……無いと言えないのが辛いところだ。
僕の部屋に行こうかと言う松井に、豊前は「はい……」と返す事しかできなかった。気分はまさに連行される容疑者である。
「とりあえず、そこに座って」
そこと松井に畳の上を指差され、豊前は正座をした。正座をしろとは言われなかったが、何となく自主的にそうせねばいけないような気がした。
「?足崩してもいいよ」
きょとんとした顔の松井。どうやら、何かやらかした事に対するお説教では無さそうだ。いくつか心当たりのあった豊前は安堵すると、足を崩していつものように座った。しかし、お説教でないとすると、一体どんな話なのだろうか。首を傾げる豊前を横目に、松井は文机の上の本立てから何か引っ張り出すと、しずしずと豊前の前に座った。
「……これを」
そう問い掛ける豊前の前に、松井がすっと一冊の書物を差し出した。――色彩豊かな現代の書物。ひく、と豊前の顔が引き攣った。これは過日とある刀に渡したものだった。
「これを豊前に返しておいてくれと頼まれた」
「そ、そうか……」
「君の交友関係や嗜好品に何か言うつもりはないけれど、彼にはもう少し隠して渡すか直接渡すように言ってくれ」
剥き出しのこれを渡された時の僕の気持ちを考えてほしいと、顔を背けた松井が暗に訴えてきた。確かにこれは真っ昼間からやり取りするような品物ではない。
「悪かったな。アイツには言っておく」
「頼むよ。それにしても、みんなこういうの好きなんだね」
「こういうの?」
失言に気づいたのか、はっとした松井がこちらを向いた。そして思いっきり目が泳ぎ、また顔を明後日の方向に背けた。
「……読んだ?」
「読んでない!少し中を見ただ、……っ!」
うっかり口を滑らせた松井。そうか、松井も読んだのか。一体どんな顔して読んだのか、とても気になる。耐性はあるだろうから、興味本位でぺらっと捲ってみて、よくわからないと閉じたのだろう。うん、気になる。
そんな不埒な事を考えていたら、豊前の頭の中でとある事がひらめいた。が、その前にあらぬ疑いは晴らしておかねば。
「つーか、これ俺のじゃねーっちゃ」
別の奴から渡しておいてくれと頼まれて渡しただけだ。渡す前に中は見たけど。合わなかったからすぐやめたけど。
「持ち主が誰かは別に関係なくて……って、豊前。ちょっと近いんだけど……」
何やら良からぬものを感じた松井は距離を取ろうとしたが、時すでに遅し。ぱしっと腕を掴まれて引っ張られると、松井は豊前の膝の上に収まる形になった。どこでこんな体術を覚えてきたのか、綺麗に足と片腕で体を固められてしまい松井は動けなかった。
松井を抱えたまま、器用に片手でページを捲る豊前。あぁ、豊前の試したがりが始まった。こうなった豊前を止めるのは至難の業だ。何度この調子で付き合わされた事か。一体何をされるのやら。松井はこの後の己の身の上を思いやった。豊前は松井が本当に嫌がるような事だけはしないから、まったくもってたちが悪い。
「松井、口開けて」
「えー」
「ほら、あーん」
「あー……」
これはおとなしく、されるがままになった方がいい。その方が早く楽に終わると判断した松井は豊前に従った。松井がしぶしぶ口を開けると、豊前はそこに容赦なく指を突っ込んだ。
「ふぇ?」
突然の出来事に、思わず松井は間抜けな声を出してしまった。豊前は「この辺りか?わっかんねなー……」と、片膝でページを固定した艶本と睨めっこをしている。松井には豊前が何をしたいのかさっぱりわからない。何をしたいのかと聞こうとした矢先、そろり豊前の指が動いた。
「ぁ、っ」
ざらりとした上顎の裏を撫でられた。触れるか触れないかの位置で、揺らぎのような感触が行き来する。そのくすぐったいようなむず痒いような感覚に、松井の背筋が少し粟立った。
豊前もそんな松井に気づいたのだろう。もう一本指が入ってきて、二本の指できゅと舌の付け根を挟まれた。豊前はそこが松井の弱いところだと知っている。深く口吸いをする時も、舌先で突いてやると面白いぐらいに松井の体が跳ねるのだ。今だってそう、びくんと大きく肩が跳ねた。その反応に気を良くした豊前は、うりうりと指先で捏ね回した。
「気持ちいー?」
豊前の意地悪な問い掛けに、ぶんぶんと首を横に振って否定する松井。これもいつもの事なので気にしない。もう少し試してみるかと、豊前の口角がほんの少しだけ上がった。何となく要領は掴めたから、これはもう要らない。豊前は艶本のページを閉じると、遠くに追いやった。本が傷むと怒られそうだが、目くじらを立てるような代物でもない。
口の端から滴ってしまった唾液を拭ってやると、豊前は再び松井の口の中に触れた。指先は歯列の裏側から再び上顎の裏へ。ざらりとした粘膜の感触を確かめるように少しだけ強く擦ると、松井が抗議した。どうやら刺激が強すぎたようだ。豊前は悪ぃ悪ぃと謝ると、今度は軽く上辺をなぞるように触れた。松井がぎゅっと目を瞑った。
二本の指を別々に蠢かせる豊前。中指で舌の裏側を撫でられたかと思ったら、人差し指が頬の中でをぐるりと円を描く。あちらもこちらも触れられて、松井は息をするのがやっとだった。
いつの間にか、松井の手は豊前の内番着の黒いTシャツの胸元をぎゅっと握っていた。
「……松井?」
どうしよう、何だか頭がぼーっとしてきた。くちゅくちゅと頭の中に直接響いてくる水音で、松井の思考回路に霞が掛かっていく。与えられるものを享受するのに精一杯で、今が何時かここがどこか、もう何も考えられない。豊前が何か言っているけれど、よく聞こえない。頭に入ってこないのだ。
ここまでされるがままだった松井が動いた。松井は豊前の手を掴むと、蹂躙していた指を引き抜いた。短い爪、固くなった指の腹、骨張った関節。血の通う赤い舌先がちろちろと見え隠れして、味わうように這っていく。
それヤバいから離せと焦る豊前の声も、松井には聞こえない。たっぷりとねぶり倒した松井が、今度は豊前の両頬を掴むように手を掛けた。
――今はまだ昼間で、皆それぞれ働いている。本当はここで止めなければいけないのに。でも、求めている。
「……したい?」
豊前の囁きに、松井が小さく首肯した。共犯者のできあがりだ。
「ちっとだけ、な」
どさりと畳に松井の背中がついて、豊前が覆い被さった。口元の濡れた松井はやけに扇情的で、背徳感を押し上げてくる。行儀は悪いが濡れた指を裾で拭くと、豊前は静かに松井の内番着の中に手を入れた。インナーを潜り抜け、臍の辺りを通ってそのまま下肢の方に滑らせる。背中に回された松井の手が豊前の刈り上げを撫でた。
レギンスが少し邪魔だなと思ったが、まぁいい。内番着の下衣とレギンスを少しだけずらして、布一枚越しに柔らかなそこに触れた。松井から漏れた小さな声は豊前が吸い込んだ。
ぱたぱたと廊下を走り抜けていく足音が聞こえる。
向こうの部屋で何かをひっくり返した音が聞こえる。
誰かの松井を探す声が聞こえる。
穏やかな昼下がり、何も聞こえない振りをした。
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指でくちゅる話を一度書きたかった。けど、何か考えていたのと違う話が生まれた。
もうちょっとねっとりさせたかったけど、力尽きました……。
逆バージョン(松井がくちゅってみる話)もいつか書きたいな。
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