ナガレ
2021-02-13 22:06:38
3032文字
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刹那ロマンス(ぶぜまつ)

生まれたてほやほやぶぜまつの秒で始まるロマンスと、それを見届けた既存の豊前と松井(できてない)の話。

習合をするから来てほしい。審神者に呼ばれた豊前江と松井江は目の前の光景に絶句していた。豊前の顔は引き攣り、松井江の表情は虚無を浮かべている。居たたまれなさそうな審神者と近侍の向こうには二振りの刀がいた。

……主、これはどーいうことだ?」
「説明すると長くなるような、一言で終わるような……

一言で終わるならさっさと言えと、豊前の視線が審神者に突き刺さる。

「ロマンスが始まっちゃったみたい」

時間は数分前に遡る。規定数の宝玉を秘宝の里から持ち帰った報奨として、刀剣男士・豊前江と刀剣男士・松井江を顕現する権利がこの本丸に与えられた。審神者は早速権利を行使する事にした。とはいえ、この本丸には既に豊前江と松井江がいる。この本丸の審神者は一刀一振りを掲げており、新たに顕現したこの二振りは先に来ていた同位体に習合される。
それを聞かされた今回の里生まれ豊前と松井(以下、里豊前および里松井)は、習合される事が歴史を守る事に繋がるならと、己の行く末を受け入れた。
豊前と松井が来るまで少し待っていてくれと言われ、正座していた足を崩す二振り。里豊前が何かを思い出した。

「ん?松井江って言うと、細川の家老の刀か」
「そう、だけど……

――その時、ロマンスが生まれた。

重なる視線。見つめ合ったまま、二振りは動かない。審神者の存在は完全に忘れ去られている。里豊前にふっと微笑まれた事により、里松井の顔ががぽぽぽと朱に染まった。可愛らしい奴っちゃと慈愛の笑み浮かべる里豊前と、照れて耳まで真っ赤にして俯いてしまった里松井。里豊前が名前を呼ぶと、ゆるゆると里松井が顔を上げた。
その後は特に言葉を交わす事もなく、二振りは雰囲気だけでロマンスとラブストーリーを着実に進行させていた。そこに習合のために呼ばれた豊前と松井が来たというわけである。完全に出来上がっている二振りの世界に口を挟む事ができなかった審神者は、両者の到着に心から安堵した。

「まつい」
「ぶぜん……

一目で恋が始まり、言葉を交わさなくても想いが伝わる。恋愛物語としては王道だ。筋立てによっては壮大な純愛ラブストーリーとして後世まで語られるかもしれない。松井は本を読むことが好きだ。恋愛物語を読んた事もある。自分と同じ顔をしていなければ一つの物語として受け入れられた。しかしこの物語の登場人物は自分の同位体。松井は目の前で紡がれる純愛に対し、心を無に、現実をシャットアウトする事しかできなかった。
松井以上に状況を受け入れられていないのが豊前である。目の前の光景は豊前の理解の範疇を超えていた。松井とどうこうなるなんて、考えた事がない。同じ刀工から生まれた仲間、ただそれだけだ。俺、あんな顔できたのか……と、里豊前が里松井に向ける表情に若干、否、かなり引いていた。
不意に里豊前の両手が里松井の頬に添えられた。少し躊躇う素振りを見せた後、目を閉じた里松井。里豊前の顔が少し傾いてゆっくりと近づき――審神者と豊前と松井は大きく顔を背けて後ろを向いた。

「おい。本当にあれを習合させる気か?」
「僕、しなくてもいい気がしてきた……
「特例を認めるわけにはいかないよ。一刀一振り、これがこの本丸の掟だ」

審神者も鬼ではないから、ロマンスが始まった二振りを引き離してしまうのは辛い。だが、この本丸は今までずっとこの方針を掲げて進んできた。特例を認めるわけにはいかないが、気が進まないのまた事実だ。先に延ばせば延ばすほど、別れが辛いものになりかねない。でも、今この瞬間に引き離すのも心が痛む。どうしたものかと悩む審神者に、声が掛けられた。

……なぁ。習合ってやつはまだか?」

里豊前の声に審神者達が振り向くと、二振りを取り囲んでいたロマンスとラブストーリーの雰囲気は消えていた。そこにはもう、一刀剣男士としての二振りが並んで控えているだけだった。誰よりも覚悟ができていたのは、顕現したばかりのこの二振りだった。

……待たせてすまない。すぐに始めよう。どちらからやろうか」
「俺からで頼む」
「ぶぜん……
「そんな顔すんなって。でーじょうぶだから」
「君は僕と一緒に一度外に出ようか。豊前、終わったら呼んでくれ」
「おう」

審神者と豊前達を残し、松井は里松井と共に部屋の外に出た。里松井は壁を世にして廊下に座り込むと、立てた膝に顔を埋めた。松井はその隣に腰を下ろした。

……一目で彼は僕の理解者だって確信したんだ」
「そうだね。豊前は僕達の理解者だ」
「ぶぜんがこちらを見た時、世界には僕とぶぜんしかいなかった」

かげろうよりも短い刹那の恋だった。こんなのは気の迷いだという者もいるだろう。でも、この二振りにとっては本物だった。必定の別れが待っていると知っていても、募る想いを止める事はできなかった。消えていく事しかできなくても、その刹那で確かに二振りは生きていた。

「一つ約束してくれないか」
「約束?」
「折れないと約束して欲しい。君も彼も。そうでないと、僕達が報われないだろう?」
……絶対折れないとは言い切れないから、最期の一瞬までの努力をすると約束しよう。僕も豊前も」
「それで十分だ。……ありがとう」

しばしの沈黙を経て、里松井から微かな嗚咽が聞こえてきた。松井には彼の気持ちが分からない。だから、その背中に手を当てて擦ってやる事しかできなかった。いつか分かる日が来るのだろうか。

……松井」

少しすると、部屋が空いて中から豊前が出てきた。当然だが、部屋から出てきたのは豊前一振りだけだった。ほとんど聞こえないような小声で呼びかけるだけに留めたのは、豊前なりの配慮だったのかもしれない。反対側に歩いて行く豊前の姿が廊下の向こう側に消えると、松井は里松井に行こうと声を掛けた。



――習合を終えた松井は屋敷の端っこで豊前の姿を見つけた。豊前には何か思うところがあるようで、浮かない顔だった。松井が里松井と話をしたように、豊前も里豊前と何か話をしたのかもしれない。

「豊前」
……松井。終わったのか?」
「うん。恙なくね」

自分で言うのも何だか照れくさいが、彼は立派な誇り高き刀剣男士の松井江だった。同じ刀剣男士・松井江として、彼に恥じない己でいようと松井が決意させられるぐらいに高潔だった。

「個体差ってのがあるとは聞いてたけど、ここまで違ぇとは思わんかったな」
「そう、だね……

松井にとって豊前は、同じ刀工から生まれた江の者同士であり、己の理解者。言ってしまえばそれだけだ。しかし、あの松井江は違った。里松井が里豊前に向けていた表情を思い出す。文字通り、蕩けるような表情で里豊前を見つめていた里松井。彼は自分ではない違う個体。ここにいる豊前も、うっとりと見つめられながら熱い視線を返していたあの豊前ではない。
頭ではそう理解できているのに、松井は豊前の顔を見る事ができなかった。それは豊前も同じで、二振りはしばらくの間何とも言えない不自然な日々を過ごす事になる。ようやく元の距離感に戻った頃、「豊前と松井、やっと仲直りできたんだ。ずっとぎくしゃくしてたからねぇ」と指摘され、再び思いっきり意識してしまうようになるのだが、それはまた別の話。


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ここからぶぜまつになるかもしれないし、ならないかもしれない。


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