この本丸には月に一度、刀剣男士一斉休養日なるものが存在する。内番は最低限の畑当番と馬当番だけで、手合わせと演練も行わない。出陣も緊急性のある場合のみだ。もちろん料理当番も休みで、食事は各自で好きなように用意する。
その日に合わせて飲み会やお泊まり会が開かれる事も多く、篭手切江は脇差達とのお泊まり会で夜更かしをする予定だと楽しそうに告げ、桑名江は大太刀や槍達の飲み会に混ざって潰されてくると謎の宣言をした。
残されたのは豊前江である。たいてい休養日の前夜は松井江も含めた江の四人で夜更かしをするので、二振りがいないとなると松井と二振りきりで過ごす事になる。そう、晴れて想いの通じ合った恋刀と二振りきりで。――豊前はようやく気がついた。これは気を遣われたと。
確かに同派でわいわい騒ぐのは楽しいが、松井との仲を深めたかったのもまた事実。豊前は松井を探した。
「松井」
「豊前。どうしたんだ?」
また審神者に書類仕事を頼まれたのだろうか。廊下で見つけた松井は両腕で書類の束を抱えていた。豊前は改める事も考えたが、周りには誰もいない。何事もスピード感が大切だ。ここと決めたら一気に攻めるのが豊前のスタイルである。
「休養日の前の晩、お前の部屋に行く」
「泊まってもいいけど、僕の部屋は何もないの知ってるよね?」
「――篭手切も桑名もいない。行くのは俺だけだ」
これで伝わるだろうか。遠回しにそれとなく誘ってみたが、ずばり核心を突いた誘い方をすべきだったかもしれない。 豊前は言い直すべきかと思案したが、松井の視線が右に左に揺らめきだしたので伝わった事を察した。
それは……と呟いた後、松井は顔を伏せた。豊前は辛抱強く松井の返事を待った。
「……戌の刻(午後八時)に待ってるから」
体感としてはまるで永遠のような数十秒が過ぎた後、書類をぎゅっと強く抱いた松井が、忍び声で豊前の誘いを受け入れた。
*****
そう昼下がりの廊下で約束してから数日が経った。待ちに待った休養日前夜、豊前は松井の部屋の前にいた。湯浴みも終えた。ちゃんと髪も乾してきた。寝衣もおろしたてだ。身だしなみはおそらく問題なし。松井が何も持ってこなくていいからと言ったので、この体一つで来てしまったが。
豊前は柄にも無く緊張していた。初陣の時と同じぐらい心臓がうるさい。右も左も分からぬ顕現したての頃に、新刀教育の一環と称し太刀やら何やらに花街に連れて行かれたので、褥の知識は一応ある。しかしそれとこれとは話が別だ。
深呼吸を繰り返し、騒ぐ心の臓を落ち着ける。しかしなかなか落ち着いてくれない。ずっと突っ立っているわけにもいかないし、そうこうしているうちに約束した戌の刻を過ぎてしまう。これ以上松井を待たせるわけにはいかないと、豊前は覚悟を決めた。
「松井、入っていいか?」
「……どうぞ」
豊前は静かに障子を開けた。普段は部屋を仕切っている襖が開け放たれていて、行灯で照らされた奥の間には布団が一組だけ敷かれていた。しおらしく正座をした白い襦袢姿の松井が、どこか緊張した面持ちで豊前を見つめていた。
期待と緊張と艶の混ざった松井が自分の知っている松井の姿とは結びつかず、思わず豊前は「間違えました」と障子を閉めそうになったが、すぐにここは松井の部屋だと思い直した。
後ろ手で障子を閉めると、豊前は松井の元に向かった。襖は閉めなくてもいいと言われたので開けたまま、松井の正面に腰を下ろす。障子を開けた時はじっと見つめていたくせに、今は顔を背けている松井がぽつりと呟いた。
「……幻滅されたのかと思った」
「そんなことねーよ」
もし幻滅されるならこっちの方だと豊前は思う。今の自分には一切の余裕が無い。その証拠に、豊前はまだ松井を直視する事ができない。松井も松井で豊前と目を合わせようとしないのでお互い様なのだが。
「襦袢姿なんて見たことねーし、松井が松井に見えなかったというか……」
「ふふっ。しどろもどろな豊前、珍しい」
「当たり前っちゃ。好いた奴を抱くんだから緊張するに決まっとる」
「好いた奴……」
ぽ、と松井の頬に朱が差した。豊前はさらりとそう言ったが、改めて言われるとかなりの破壊力だ。誰からも慕われて頼りになる江のまとめ役。そんな豊前でも緊張する時があるのかと思うと、松井は少し気持ちが楽になった。
もう少し近くにいってもいいよねと松井が豊前に躙り寄ると、豊前が松井に向き合い、念のために確認しておくがと前置きをした。
「俺が抱いていいんだよな?」
事に及ぶにあたり、豊前は松井の意向を最優先としたい。だが、聞ける事と聞けない事がある。聞けない事を言われたら、話し合いもとい丸め込みも辞さないつもりの豊前である。
豊前としてはそれぐらいに重要な事なのだが、松井には豊前の質問の意図がぴんと来なかった。きょとんとしている。豊前の質問を自ら繰り返し、咀嚼する松井。しばし沈黙の後、少し眉尻を下げた困り顔で松井が答えた。
「……考えた事が無かった」
考える事も悩む事もなく、松井の中では豊前に抱かれるものだと決まっていた。豊前が松井の事を抱いていい悪い以前に、松井には選択肢も何も無かったのだ。豊前に差し出して委ねる。それしか存在していなかった。
「僕のすべてを君に差し出す。それしか考えたことがなかった」
「そっか。ありがとな。丸っと貰ってやるから、俺のも全部受け取ってくれ」
「いいの?」
「もちろん。松井にしかやらねーよ」
「……嬉しいな。豊前の全部が貰えるなんて」
はにかみながら両手で顔を覆う松井。その全身から嬉しいという感情が豊前に向かって飛んでくる。嬉しいのは豊前とて同じだし、そんな松井を愛おしく感じた。覆ってしまった両手を外して口づけると、松井も拙いながらそれに応えてくれた。
松井の体を引き寄せて豊前が松井の唇を食んで味わっていると、そっと松井が豊前の寝衣の袖を引いた。豊前がどうしたのかと目で問うと、松井は少し躊躇ってから豊前にお願いがあると告げた。
「その、優しくしてほしい、な?」
「任せとけ。最高に優しくしてやんよ」
「恥ずかしいから明かりも消してほしい」
「それは後でな。今はまだ松井が見たい。いいだろ?」
「そう言われたら僕が強く出られないと分かって言ってるよね……」
閨に響く、二つの衣擦れの音。二人を隔てるように落ちた帯を手で払い除け、期待混じりの熱い肌に触れながらそっと指を絡め合う。戯れながら二人は縺れるように倒れ込んだ。
――あとは夜が更けるに任せるのみ。
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そして豊前が最高に優しくした結果、松井が天岩戸布団にお籠もりしてしまうという。
推しカプの初夜はベッタベタのベタ甘を希望します。
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