ナガレ
2020-10-23 23:12:52
3807文字
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ごめん、もう無理(ぶぜまつ)

ちゅっちゅしてるだけのぶぜまつ。豊前のまねっこする松井が書きたかったもの。

出陣から帰還した豊前江は大浴場で汗と土埃を落とすと、夕餉までの空き時間をのんびりと自室で過ごしていた。小腹が空いたので何かつまみたいところだが、おやつの時間というには遅いこの時間。変な時間に間食をすると篭手切江から「不規則な間食はぷろぽーしょんが崩れるからだめです」とお小言を貰ってしまうので、豊前はぐっと我慢していた。
暇つぶしに現世の雑誌を読んでいたが、それも飽きてしまった。そろそろ新しい号が欲しい。今度主に頼もう。たいていの物は万屋街で手に入るが、現世の物品は入荷に時間がかかるため、審神者のみが使える通信販売を使った方が早かった。
元よりじっとしている事が苦手な豊前。こんなにも早く帰還できるとは思っていなかったので、降って湧いた空き時間はどうしても持て余してしまう。愛馬ならぬ愛車の整備や外に出るには時間が足りないし、部屋で大人しくしているには長すぎる。
さてどうしたものかと時間の潰し方を思案していると、障子が細く開いた。障子を開けた手の指先には青色の爪紅が塗られている。――松井江だ。

「松井?どうした?」

豊前とは別の戦場だが、今日は松井も出陣していたはずだ。戦装束ではなく内番着のジャージ姿なのは、豊前と同じく湯浴みをした後なのだろう。大浴場で会わなかったのは松井があまり大浴場を使わないからだ。
人前で肌を晒す事を嫌がったり、風呂そのものにこだわりのある刀剣男士は、大浴場とは別に用意されている個室のある浴場を使う事が多い。松井が大浴場を使わない理由を豊前は知らないが、長湯好きの桑名は大浴場だと気を遣うからという理由で別の浴場を使っている。湯あたりやら何やら色々と心配されるのが逆に辛いらしい。
話が少し逸れてしまったが、暇を持て余していた豊前の所に松井がふらっとやって来たというわけである。俯いている松井の表情は、豊前の位置からは見えないかった。

……豊前」
「何ちゃ?」

見られて困る物は表に出していないので、基本的に豊前の部屋は出入り自由だ。江の刀達は豊前の部屋が出入り自由と知ってはいるが、それでも声を掛けて豊前が返事をしてから中に入ってくる。
だが、今日の松井は豊前の返事を待たなかった。滑るように外廊下から部屋の中に入る松井。静かに障子を閉めるとふらふらと豊前に近づいた。

「まつ――、っと!」

豊前の前までやって来てしゃがみ込んだかと思うと、松井は豊前の両肩をぐいと力強く押した。俗に言う押し倒しだ。畳の上とは言え、庇う間も無く打ち付けた後頭部が地味に痛い。
倒れ込んだ豊前の体を跨いだ松井が、どんとその華やかな容の真横に手をついた。一体何が起こったのか。豊前はまだ状況が飲み込めていない。

「どした?黙っとっちゃわかんねーよ」

宥めるように松井に声を掛ける豊前。一度起き上がろうとしたが、松井の圧がそれを許してくれなかった。彼の気が済むようにするしかなさそうだ。この位置から松井の顔を眺める機会は少ないので、今のうちに堪能しておこうと思う。転んでもただでは起きない豊前である。

……で、こう来たか)

豊前が無言で松井を見上げていると、松井が次の行動に移った。ゆっくりと顔を近づける松井。この伏せた目元を色っぽいというのだろう。横髪がはらりと落ちて、豊前の顔を擽った。
このまま触れるのかと思いきや、不意に松井が止まった。瞬きをすれば互いの睫毛が絡んでしまいそうな距離。豊前は松井の白磁のように滑らかで透き通る頬に触れたいと思ったが、今は我慢である。
小さなリップ音とともに、ようやく松井が豊前に触れた。最初の一回二回は戸惑っていたようにも見えたが、松井の中で何かが吹っ切れたのかそれ以降は遠慮がない。豊前はこそばゆいと感じつつ、松井の行動を受け入れた。
瞼やら鼻頭やら頬やらに唇を落とすやり方は、いつも豊前が松井に対して行うそれと同じだ。それもそのはず。松井はそれ以外を知らないのだから。そして豊前は松井が知らない事を知らない。

――豊前」
「いーよ」

相手の名前を呼ぶタイミング。意識して名前を呼んでいるわけではないが、自分が松井の呼ぶなら今のタイミングだろうなと思う。こんなところまで同じなのかと豊前は内心で驚いた。
何があったのかよく分からないが、今は松井の好きにさせてやろう。豊前は松井の好きにさせることにした。受け入れ体勢である事を示すと、松井は豊前の唇に触れた。



触れ合って啄むような口づけを繰り返す松井。それは幼子が甘える仕草にも似ていて、とても可愛らしかった。松井のやりたい事がこれで充分だというのであれば、豊前はそれを肯定する。やりたい事をやればいいのだ。
しかしこれだけでは松井のやりたい事を満たせなかったらしい。豊前の余裕がある様子が気に入らないのか、松井がむきになった。無言でまだ血の気の薄い唇を押しつけてくる勢いが少し強くなった。
まだこれでも満たせないのか、こなかなか思うようにならない松井の眉間に少し皺が寄る。綺麗な顔が台無しだ。豊前は松井の望むものは何かを考えた。
松井の行動は豊前が松井に対して行うものを写している。自分ならどうする?どうしたい?それが答えだ。――豊前はどうぞと言わんばかりに少し口を開けた。

「ぁ……

豊前の用意した隙間で、二人の舌がほんの少しだけ柔らかく絡んだ。が、直ぐに離れていく。離れる時に松井から艶声が漏れた。豊前は言いたい。お前がそんな声を出してどうすんだ松井。
何と言うか、非常に焦れったい。主導権を握った松井の行為も可愛いが、豊前には物足りない。もういいかと、豊前はそろりそろり腕を上げた。
血の巡りが良くなってきたのか、思わず声が漏れて締まった事に対して頬を染めている松井はまだ気づいていない。

「松井、すまん」
……ぶぜ、ん、んんっ!?」

松井の後頭部に手を置いて抑え込むと、不意を突かれた松井の口が「え」の形でいい感じに開いた。豊前が行動を起こすとは微塵も考えていなかったのだろう。豊前は目聡く侵入した。

「っ、はっ……

突然の出来事に松井は抵抗するが、豊前はお構いなしだ。松井を無抵抗にする術は心得ている。場数はそこそこ踏んでいるので。完全に形勢逆転である。
足払いの要領で松井の体勢を崩すと、豊前は器用に体を入れ替えた。見上げる松井も大変乙な物だが、見下ろす松井もまた良い物である。

「豊前……?」

何が起きてこうなったのかいまいち理解できず不安そうに見上げてくる松井に、豊前はとびきりの良い顔を松井に見せた。破壊力満点の良い顔を見せられた松井は硬直した。その破壊力に血の巡りが止まったのか、鼻血すら出てこなかった。

――遊びの時間は終わりっちゃ。

何やら良からぬものを感じて身を捩った松井の顔を両手で捕らえて拘束すると、豊前は松井に噛みつくように口づけをした。お行儀良くしているのももう無理だ。すまないあとで好きなだけ怒られてやるからと、豊前は松井に心の中で土下座した。

「ちょっと待って……あ、っ」

歯を立ててはいけないと、豊前に傷がつかないようにと、松井は無意識に口を開けてしまう。それは豊前が好き勝手しやすくするだけなのだが、松井には気づく由も無い。
遠慮なくねじ込まれたやや肉厚の豊前の舌が松井の腔内を蠢く。歯列、上顎の裏、舌の付け根――欲している豊前に禁域は無い。もちろん松井が気にしている八重歯も辿ってやった。

「ん、っ、……あ、ふ……っ」

息継ぎの合間に漏れる松井の吐息というにはあまりにも色を持ちすぎたそれと、ねっとりと絡み合う扇情的な水音が二人を繋ぐ。まだ日は落ちていないし、夕餉の準備に向かうであろう炊事当番達の声が聞こえる。
そんな穏やかさを絵に描いた世界の片隅で、豊前と松井は人知れず二人で秘め事に燃えている。豊前の部屋は出入り自由だ。いつそこの障子が開くか分からない。それでもこの秘め事を止めることはできなかった。
目の前の存在が愛おしくて仕方ない。叶うならすべて奪い取りたいし、すべて奪い取って欲しい。

――今の松井の顔が見たい。豊前がゼロ距離から少しだけ離れると、松井の緑青色した双眸が豊前の燃える紅玉を捕らえた。

……松井」

畳の上に縫い止めたまま、耳元で熱っぽく名前を呼んだ。どうせやるならこれぐらいやってほしい。十二分に松井を堪能した豊前は彼を解放した。

「でーじょうぶか?水、貰ってくる」

解放しても力なく横たわったままの松井。やり過ぎてしまったみたいだ。松井の顔を見た豊前は心の中で松井に謝罪をした。この松井は誰にも見せたくないというか、見せられない。潤んだ瞳はまだ焦点が合っていないし、真っ白な頬は熟れて紅潮している。松井は完全に蕩けきっていた。
積極的な松井が珍しくて、自分が与えるものを模倣するような行為がどこか焦れったくて、つい調子に乗ってしまった。

(そーいや、松井の奴何であんなことしてきたんだ?)

まぁいい。後で直接聞いてみよう。豊前は優先順位を間違えない。今するべき事は夕餉の時間までにふにゃふにゃの松井を元に戻す事なのだから。

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どのカプでも一度は書きたい逆転される受けの話。
松井は豊前の愛情を目一杯享受していればいいよ。


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