豊前江と松井江が恋刀になってから三か月が経った。元々二振り(というよりもこの刀派自体と言うべきか)の距離は近く、周囲を勘違いさせていた。しかしいざ恋仲として付き合うとなるとお互いどうしていいのか分からず、初めは手を握るのが精一杯だった。
松井は顕現してからまだ比較的日が浅い。そんな松井の感情の発達に合わせるように二振りは関係を深めていった。豊前としてはもう少し早く関係を深めたかったが、決して先走るような真似せず、松井に寄り添うように歩んできた。そしてついに今宵、松井の部屋で同衾を果たしたのである。
豊前にとって松井は可愛らしくて美しく、それでいて苛烈で勇ましい、同じ刀匠から生まれた自慢の同胞である。そんな自慢の同胞であり恋刀が自らに身を委ねるのだ。豊前はこれでもかと言わんばかりに誠意を込めて松井に尽くした。
自分の事は二の次三の次で、豊前は松井のためだけに動いた。動いたつもりだ。多少は己の本能にも従ったが。それでも豊前は今夜は松井を一番に考えたと自負できる。
(何かやらかしたつもりはねーんだけど……)
今、豊前はこれはどうしたものかと後ろ頭を掻いている。目の前には布団の塊、もとい布団の中に籠城している松井がいた。
*****
つい先程まで豊前は松井を組み敷いていた。発情した松井の熱も、汗でしっとりと濡れた肌の感触もまだこの手に残っている。本当についさっきまで、この手の中に松井がいたのだ。ぼんやりと豊前を見上げる達した松井の色気は誰にも見せたくないぐらいだった。
離れるのが勿体なくて、しばらく豊前は松井を撫で回したり口づけたりしていた。松井も豊前にされるがままだった。それなのに、だ。松井は意識が戻ってくると、豊前をぐいぐいと布団から押し出して閉じこもってしまった。
布団の中からくぐもった呻き声がしているので、さっさと一人で寝てしまったわけではなさそうだ。豊前の予定ではこの後くっついて眠り、そのまま朝を迎えるはずなのだが、一体どこで何を間違えたのだろうか。
本懐を遂げたのはいいが、追い出されてしまうなんて笑えない。しかし松井に何がいけなかったのかを聞くのも躊躇われる。豊前は珍しく弱気になってしまい、思わずため息をついた。
「――豊前の意地悪」
そんな豊前の心情に気づいたのか、少しだけ天岩戸と化した布団がめくれて、どこか恨めしそうな松井の声が聞こえた。
「優しくするって言ったのに」
事に及ぶにあたり、豊前は松井に優しくすると告げた。その宣言に背くことなく、豊前はこれ以上ないぐらいに優しくしたつもりだ。気持ちいいか、痛くないかと常に声をかけ、丁寧に丁寧に優しく松井に触れた。
それのどこがいけなかったのだろうか。意地悪な事は何もしていない。豊前は首を傾げた。
「ひどい顔してるから見せたくないって言ったのに、無理矢理見ようとした。というか、見た」
恋刀の顔を見たいと思うのは当然のことだろうに。松井はひどい顔というが、そんな事はない。声を上げまいと我慢しているのも、舌足らずに名前を呼んで必死に縋るのも、目尻に涙を浮かべながら豊前が好きだとうわごとのように繰り返すのも、すべて愛おしかった。豊前には松井がどんな顔をしていようと愛せる自信がある。
それに、豊前の与えるものすべてに反応して蕩けていく松井の表情にはぐっとこみ上げてくるものがあった。戦場とは違う高揚感や興奮があった。
「明かりを消して欲しいってあれだけ頼んだのに、結局つけたままじゃないか」
松井の言う通り、枕元の小さな置き行灯はつけたままだった。打刀なので夜目は利くが、さすがの豊前も暗闇で初めての行為に及ぶのは不安がある。万が一松井に怪我をさせてしまったら、主に何と言い訳して手入れをしてもらえばいいのやら。
……正直に言えば、松井の白い肌が徐々に紅色を帯びて乱れていく姿が見たかったという下心も無かったわけではないが。豊前の手によって紅潮し、乱れていく松井は想像以上の破壊力だった。
「豊前の意地悪」
結局そこに行き着くらしい。豊前には何の心当たりも無いが、松井がそう言うのだから何かあるのだろう。
「悪かった。ごめんな」
「別に謝ってもらうような事なんて、何も……」
もぞもぞと布団の塊が動き、少しだけ松井が顔を出した。気まずそうに視線を逸らしているところから察するに、引っ込みがつかないようだ。豊前が折れて正解だった。
「いーんだよ。俺が悪かったってことで……くしゅ!」
豊前が小さくくしゃみをすると、慌てて松井が豊前を布団の中に引きずり込んだ。
「豊前の体、冷えてる。僕のせいだ……」
「でーじょーぶだって」
擦り寄ってきた松井を抱き枕よろしく抱き締めていると、じんわりと体が温まってきたような気がする。追い出されていたのはそう長くない時間だが、自分で思っているよりも体は冷えていたらしい。
「……ごめんね」
しょんぼりと松井が謝った。
「僕ばかり翻弄されて悔しかっただけ。豊前は余裕綽々だったのに」
「そっか。余裕そうに見えてたなら、気張ったかいがあったけ」
松井には余裕があるように見えたと言うが、豊前は必死だった。情けない姿や格好悪いところは見られたくない。松井が惚れた豊前江でいたいという見栄と意地だ。さすがにこれは言えないが。
てもそんな風には見えなかったとくすくす笑う松井。その声は随分と眠そうだ。
「そろそろ寝るか?」
「うん。もう明かりは消してもいいよね……」
松井が身を乗り出して行灯の明かりを消すと、部屋の中は暗闇に包まれた。こんな時間だから皆寝静まっているのだろう。庭を抜ける風の音が微かに聞こえてくるだけだ。豊前も眠たくなってきた。
初めての交合は思っていた以上に体力を使ったみたいだ。
「おやすみ」
どちらともなく就寝の挨拶を交わす。豊前は温もりを抱えたまま目を閉じた。
――今、自分はこの世界で一番幸せな刀だと思う。
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場数こなすにつれて豊前に余裕が生まれ、さらに翻弄される松井になると思われる。
優し~~~~~~~~~く意地悪される松井も書きたい。
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