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ナガレ
2020-09-21 21:56:09
3035文字
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松井江のとある静かな一日
出陣も演練も内番もない、松井江のとある一日の話。だいたい朝6時から10時ぐらいまで。
ぶぜまつだけど、ぶぜんの出番はほぼ皆無という謎。
カン、カン、カン
……
時の鐘が鳴り、朝の訪れを告げた。
(朝
……
)
明け六つの鐘が鳴るのは夜明け前。障子の向こうはかわたれ時でまだ薄暗い。それでもどことなく人の気配がするのは、鐘の音で起きたからだろう。
もう少し寝ていたい。でも起きなければ。布団の中で丸くなったまま、松井はぼんやりと思う。
――
昨晩、誰かと何か約束をした気がする。
「松井-、起きたぁ?」
同胞は今日も朝から元気だ。昨晩約束をしたのは同じ刀匠の手から生まれた桑名江だ。松井は何となく思い出した。だが、まだぼんやりしている。
「顔洗って着替えたらまた来るからね。その時起きてなかったら、布団引っ剥がすよ」
松井と桑名は気の置けない仲だが、さすがに無断で障子を開けるような真似はしない。桑名としては問答無用で松井を叩き起こしてもいいのだが、それをやって精神的に痛い目を見たので、今は二段階方式を採用している。まず声を掛け、それでもダメなら実力行使だ。
「起きるから
……
」
もぞもぞと布団の塊が動いたことを障子越しに確認すると、桑名は松井の居室の前から立ち去った。松井は朝餉に使う野菜の収穫を手伝わされる約束をしていた事を思い出した。
畑仕事は好きじゃないと訴えても、桑名は松井に対して遠慮がない。「知ってるよぉ」の軽い一言で流されて終わりだ。
「
……
ねむい」
半覚醒・半睡眠状態で、松井はようやく床から抜け出した。寝巻にしていた浴衣を脱ぎ捨て、内番着に着替える。脱いだ浴衣は後から洗濯に出すので、軽く畳んで部屋の隅へ。布団もとりあえず畳んで端に寄せておく。
手櫛で髪を簡単に整えると、手ぬぐいと洗顔石けん、主から貰ったへあばんどを手に、松井は洗面所に向かった。
――
東の空が随分と明るくなってきた。
*****
畑に連れて行かれると、松井は茄子の収穫を頼まれた。今日の朝餉当番は歌仙兼定で、香の物に茄子の浅漬けを出したいと昨晩から依頼されていたらしい。
この本丸では60振りを越す刀剣男士が暮らしている。いくら畑仕事が好きで手の早い桑名でも、わずかな時間で全員に行き渡る量の収穫するのは無理だ。そこで人手として松井が駆り出されたというのが事の顛末である。
寝起きで戦力になったのか甚だ疑問だが、十分な数の茄子を持たされると松井は厨に向かった。勝手口に顔を出すと、厨の中では歌仙が忙しなく動いているのが分かった。
「歌仙様」
この本丸に顕現した松井は歌仙を「歌仙様」と呼び、敬う。決してとある槍を盲目的に慕う同胞に影響されたわけではない。かつての持ち主が歌仙の持ち主に仕えていた縁からだ。松井的にそこは断っておきたい。
「あぁ、松井かい。朝からすまないね」
「いえ。お忙しそうですね」
「そうでもないさ。竈で米を炊かなくていいから随分楽だ」
「確かに
……
」
炊飯器と冷蔵庫。歌仙が感動したという二大厨道具だ。薪をくべて火を起こす必要もない。井戸で汲んだ水を瓶に貯める必要もない。水も火も明かりも自由に使える。どれも数百年の間に人の子が考案したのだというから驚きだ。
「さてと。手早く浅漬けを作ってしまおう。松井、時間があるなら手伝ってくれないか?」
「はい」
歌仙に茄子を渡すと、松井は靴を脱いで勝手口から厨に上がり手を洗った。
「僕が茄子を切って渡すから、ボウルの中に入れて塩を振って揉んでくれ。茄子がしんなりしてきたら、小鉢が並べてあるから適当に目分量で盛りつけまで頼む」
「ぼうる」
「金属の鉢のことだ。後ろの棚にあるだろう?」
顕現して日が浅い松井は外来語にまだ慣れていない。聞き慣れない単語をおうむ返しすると、歌仙が教えてくれた。この「ぼうる」は短刀達が遊ぶ時に使う「ぼーる」とは違うらしい。松井はまた一つ賢くなった。
「ここからは時間勝負だ。じきに皆が朝餉を取りにきてしまうからね」
朝餉の時間は明け五つ、午前八時だ。空はすっかり明るくなっていた。
松井と歌仙が流れ作業で茄子の浅漬けを作っていると、卵の入った籠を抱えた小夜左文字が厨に入ってきた。
「歌仙」
「お小夜」
「卵はどうすればいい?」
「そうだね
……
五つばかり温泉卵にして、残りは昼と夜で使おう」
「早い者勝ちだと喧嘩しない?」
「朝から手伝ってくれたお小夜と松井と、あとは配膳を手伝ってくれた者へのご褒美だ」
早起きは三文の徳。膳には乗せず後から出せばいい。早起きが得意な短刀や脇差の小鉢が一つ多い時があるのはそういう理由かと松井は合点がいった。
松井は短刀や脇差に負けず劣らず早起きの同胞の存在を思い出した。そういえば、彼も時々一皿多い時がある。でも、あれは温泉卵ではなくて
……
「彼はだし巻き卵の方が好きらしい。最後に作って持っていくよ」
なるほど。早起きは三文の徳。料理上手な歌仙のだし巻き卵が食べられるなら、少し早起きを頑張ってみようかと思う松井だった。
*****
歌仙に朝餉の片づけも手伝うと申し出た松井だったが、洗い物は粟田口の短刀達がやるから大丈夫だとやんわり断られてしまった。松井が手持ち無沙汰になったのを察した歌仙は、時間があるなら表門周りの掃き掃除をしてきてほしいと依頼した。
この本丸は武家屋敷を模している。出入り口となる表門は黒塗りの立派な入母屋屋根で、かつての大大名の屋敷を彷彿とさせる。この門は明け六つの鐘に合わせて開き、暮れ六つの鐘と共に閉門する。
当時は人が門の開け閉めを行っていたが、今は門の開閉も自動化されているらしい。鐘に合わせて勝手に開閉されるのだとか。人の子の技術は本当に恐ろしい。
松井がぼんやりと竹箒で門の周りを掃いていると、話し声が聞こえてきた。松井はまだ夜も明けない明け七つ、午前四時から遠征に出ていた部隊がいたことを思い出した。
遠征はつつがなく終わったらしい。無事で何よりだ。仲間の血が流れるのは好ましくない。
(豊前、気づくかな
……
)
転送装置は松井がいる表門ではなく、少し離れた通用口代わりの門の近くにひっそりと置かれている。この本丸にとって表門はあくまで飾りであり、使うのは政府の役人が来た時ぐらいだ。
早朝の遠征部隊には松井が懇意にしている豊前江もいた。人目が無ければ駆け寄って直接おかえりと言いたいところだが、他の遠征部隊の面々もいる。
談笑している豊前はこちらに気づくだろうか。気づいても気づかなくてもいい。おかえりと、豊前を見ながら松井は小さくつぶやいた。
「
……
!」
松井の小さな声が聞こえたのかは分からない。でも、確かに豊前はこちらを向いた。そして松井に向かってひらひらと手を振った。それも、小さく気づかれないようにこっそりとだ。
それだけでどくんと心臓が飛び跳ねるのだから人の身はままならない。鼻血を出さなかっただけでも褒めてほしい。松井は無意識に出てしまった桜の花びらを、照れ隠しにせっせと掃いた。
(そうだ。お腹空いているだろうから、何か持っていってあげよう)
善は急げ。松井は掃き掃除を速やかに終わらせるため、腕まくりをして気合いをいれた。非常に稀な姿だが、幸か不幸か見ているものは誰もいなかった。
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回想でぶぜまつ沼にドボンしました。ぶぜんとまついに夢を見ている。
鉄は熱いうちに打て。妄想は忘れる前にアウトプット。
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