「生前のその人が入っている訳じゃないから」とシオンは紫煙とともに吐き出した。けばけばしいネオンが四六時中降る小雨で濡れた彼女の横顔をちかちかと照らす。緑色の視線の先は闇だった。怪物をすっかり倒した後の、一面の闇。しとしととアスファルトを叩く雨が薄い線になってよく見える。
煙草は弱々しくも燃えていた。中々消えない火だと思う。
「レクス」
何か、と視線を戻す。
「死者蘇生の原理って知ってる?」
「知らない」と首を横に振る。大賢者と誰からも呼ばれる師からでさえも聞いたことはない。「禁忌である以上、誰も知らないのではないか」とも付け加える。すると彼女は微かに口角を動かして、薄く笑った。
「まあ、そうだね。そういう認識があるのは良い事だ」
「何故そんなことを?」
「魔法使いの家系なら皆知っていることだし、きみ、正式な弟子になったんでしょ? デウテさん、教えたのかな〜って」
はて、と首を傾げる。皆知っているとはどういうことなのか。
師からは贖罪のために必要な道義だとか倫理だとか、人との関わり方を教わっている。一番始めに人との交わりを知ることが大事だと言って、魔法は余り教わったことがない。コツを教えてくれたのは、精々回復魔法ぐらいだった。
無言でいると、シオンはまた煙草を咥えて、こちらを覗き込むように眺める。
「魔法使いにするものだと思ってたけど、どうやら違うみたいだね」
ひと呼吸して、へらり、と彼女は笑った。
「でもまあ、なぜ禁忌かと聞かれた時点で推して知るべきだったか」
「話が見えないが」
「ん〜、原理ぐらい知っておいた方が良いんじゃないっていう話。知りたい?」
魅惑的な誘いに断る術はなかった。こくん、と頷く。彼女はわずかばかり眉を下げた。困ったような顔だった。しかしそれも一瞬のことに過ぎず、すぐにいつもの調子に戻る。
「原理は単純だよ。死体を器として、中身の魂――もっと正確に言うなら精神的あるいは抽象的な、姿形がないものを入れる。それだけ」
簡明な原理に、ふとデジャヴュを覚える。どこかで見た、と言うより実際にやったことがあるような、ないような曖昧な感覚だった。思い出そうとすればするほど、詰まって何も出てこなくなる。
数十秒の沈黙の後、諦めて本題について尋ねる。
「……儀式は、特別難しいのか?」
「いいや、簡単だよ。魔法使いなら誰でもできるレベル。死体に入れるものの用意が少し面倒だけど」
「何というか、手続きが思い付きやすくてすごく嫌だな」
「そう。難しすぎたら勝手に都市伝説や安い噂話まで落ちて、風化していく。でも簡単だったら流行って廃れない。そして死者蘇生はとても簡単な部類だ。故に禁忌。その感覚はあるようで良かったよ」
シオンはすっかり短くなった吸い殻を携帯の灰皿に入れて、新しい煙草を咥えた。カチ、カチ、とライターのボタンが沈む音が小気味よく響く。四、五回押して漸く火がついた。
すぱすぱと煙を吸いながら、彼女は続ける。
「ただ一つ難しい部分がある。さっきも言った通り、そして回答にも繋がるんだけど、死体に入れるものの調達がとても難しいんだよね。何でか分かる?」
問われて、考えて、ああ、と腑に落ちた。
「通常魂はその場に残らない。神が回収するか、そこらにいるものに食われるか統合されるから」
自分がかつてやっていたことだった。そうやって呪いとして大きくなったのだと、思い出す。
「そう。だから生前のその人の魂は通常残ってない。……死ぬ寸前までに儀式の過程をあらかた済ませてるとか、気色悪いことしてない限り。だから代わりのものを入れる」
「……どうやって」
「生贄と称して他人を犠牲にするのが一つ。最早人でないものを入れるのが一つ」
人でないもの。と言われた瞬間、パッと既視感の正体を掴んだ。頭の中が弾ける感覚に思わず口を挟む。
「おれを生んだようにか」
指折り数えながら話していた彼女は、はははと乾いた笑い声を上げた。
「気が付いちゃったか」
「デジャヴュは感じていた。呪いだった頃の生活と似通った所があるからかと思っていたが、そういえばこの身体は神が用意したものであって、おれのものではなかったなと。そうなれば、おれは禁忌か」
淡々と思ったことを尋ねれば、彼女は首を横に振る。
「正確にはグレーゾーン。死体を使っている訳じゃないし、生前の誰かに寄せたい訳でもない。神様にも手伝ってもらっている。だから、限りなくアウトに近いけど禁忌ではない。……そもそも禁忌を犯した所で罰は与えられないし、余り差もないんだけど」
「じゃあ何故禁じるんだ」
「道理を乱せば巡り巡って生活が破綻するから」
元呪いなら分かるでしょ、と煙を吹かす。くっくっと笑っているから、断続的に色が濃くなったり薄くなったりする。
「話を戻せば、人でないもの――怪異とか呪いとかを入れる方法もある。だから、怪異が死体を欲しがって自ら入ることもあるよ。……相当な物好きで天才的な奴しかやんないけど」
最後の言葉は唾棄するようだった。彼女の眉間に皺が深く刻まれる。珍しい表情だった。心中を薄々察して黙っておいた。言わぬが花とはこういうことなのだろう。
「方法としてはその二択か」
本題に戻そうと口を開けば、彼女は未だに苦々しい顔で呟く。
「……もう一つあるよ。実際にあったやり方」
蛇蝎の如く、忌々しげに言うものだから、その先を聞いていいものか迷う。
それでも彼女は話を進めていった。もう最後まで話すつもりだったのだろう。聞きたいと言ったのは自分であるから、黙って耳を傾ける。
「魂に当たる部分を新しく作る。生前の人と全く変わらないそれを、特定の刺激にどう返すか都度演算できるものを、無から作り出して入れる。生前の人の魂なしに実質的にその人を蘇らせるやり方だよ」
「それは……そもそも魂は無から生み出せるものではないだろう」
「そうだよ。だから根本的には紛い物。人間の思想とか言葉とか、本当の意味では理解できない。でも精度が高すぎるから本人の魂だって身体のほうが認識するんだろうね。凄く上手くいくんだよ」
「そんな高度な紛い物、作るのは不可能ではないか」
「うん、だから今じゃ奇跡でも起きなければ無理。……古代の無法な時代の、しかも天才なら話は別。あれは、本当に、無法そのものばっかで嫌になるよ」
シオンは苦々しく吐き捨てると同時に、くしゃり、とまだ長かった煙草を潰した。意図してのことではなかったのか、「ああ」と小さく、それでも心底どうでも良さそうな声を零して、灰皿にぐしゃぐしゃと突っ込んだ。
「……このやり方で生まれたのが吸血鬼。本人の魂そのものな紛い物を入れられたせいで、原理的には二回も死ぬことができない。だから不死身」
はあ、と彼女は大きく息を吐く。
「中々機嫌良く話せなくて申し訳ないね。でもこれで終わり」
濡れて顔に張り付いた前髪を剥がす折には、すっかり頬が緩んだいつものシオンだった。感情の切り替えの巧さに感心する。
「要は、禁忌の産物って冒涜的なものしかないから。ゆめゆめ忘れないように」
ぽすぽすと背中を叩かれる。
それから、もう帰るのだと言い、別れる所まで共に歩く。
無言だった。雨音と靴だけがアスファルトを叩く。
おれは何故彼女がわざわざ吸血鬼のルーツまで話したのか、考えていた。別に話したくないのであれば話す必要はない。
でも、実際彼女は話した。禁忌の故に生まれたのだと告白した。
そこで、漸く禁忌の産物という言葉に結びついて、腑に落ちた。彼女のささやかな対比が浮かび上がる。
だからといって語る言葉もなかったから、黙って歩いた。
別れ際、「今度は間違えないように」と囁かれて、このひとは本当に難儀なひとだと思った。
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