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こびゅ
2023-12-17 22:37:30
4636文字
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JB
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対価なき愛を知れ
2023/12/17 「この人生に敬礼を」にて当スペースで配布した無配ペーパーの小話です。
弱った自分の側に他人を置けない🦁と、そこに堂々と踏み込んで行く☔の話。
その連絡を確認した時、私は即座に舌打ちをした。
いつもの面子が集うグループ欄は姦しく、その全てを追いきれているとは言い難い。だが、各々が
―
大体は獅子神か叶だ
―
特に必要と思われる内容を個別に送ってくるので、特に問題はなかった。
今回もそうではあったのだが内容が余りにも不本意極まりなく、普段通り顔には出さないまま、その腹立たしさを飲み込んだ。
今日は仕事上がりに獅子神邸へと赴いて集まりに合流する予定だったのだが、家主からは都合が付かなくなったので中止だと連絡が入っていた。にも関わらず、叶からは獅子神の発熱及び体調不良の為に中止になった旨が届いていた。
紆余曲折はあったものの、私は獅子神敬一と恋人関係にあるのだ。
そんな相手に嘘を吐かれた上、叶には体調不良の事実が伝わっているというのも気に食わない。
何よりも私は医者だが? と思いながら、途中寄った深夜営業のスーパーで林檎やレトルトの粥等を買い込み、予定通りに獅子神邸へとタクシーを走らせていた。
タクシーの中から雑用係へと連絡を試みれば、今日の仕事は午前で切り上げさせられたことと、獅子神が始終不機嫌そうであったという情報が得られる。
なるほど。恐らくは朝から体調が芳しくなく、昼頃に発熱を自覚したのだろうと見当を付けた。病院に行ったかどうかは分からない、と言っていたので、これはもう本人に聞くしかない。
そうして到着した獅子神邸に合鍵を使って上がり込み、リビングのソファへジャケットやカバンを放った。
ひとまず洗面所を借り、念入りに手洗いとうがいを済ませた上で、サージカルマスクとニトリル手袋を着用する。
そしてそのまま、まず患者の容態を確認すべく獅子神の私室へと向かった。
軽くノックはしたが返事がなく、堂々と扉を空けて中へと入る。
鍵が掛けられていない事を訝しんだものの、ここで鍵が掛かっていればスマホ越しに余計な問答が生じた可能性が高いので、今は置いておくことにした。
「獅子神?」
「
……
ンだよ、今日は中止って言っただろ。流石に飯も作ってやれねぇぞ」
光量を調節して照明を付け、声を掛けながらベッドに歩み寄れば、緩慢な動作で男が寝返りを打ってこちらを向く。
部屋に入った時点で起きているのは分かっていたが、体を起こさない所を見るに相当に倦怠感が強いのだろう。
「知っている、様子を見に来ただけだ。医者へは行ったのか?」
「ならもう帰れよ。どうせただの風邪だし、病院に行く程じゃねぇ」
「患者が医者に意見するな。熱は?」
私の姿を認めた獅子神はそれ以上言い返す気力もないのか、案外素直に答えてきた。声の掠れ具合からすれば、明らかに水分も足りていない。時折鼻をすするのは鼻炎の症状だろう。
「寝る前に測った時は38度9分。市販の解熱剤は飲んだ」
「何時間前だ。食事は?」
「昼。
……
食ってねぇ」
「そうか。胃に少し物を入れた方が良いな。食べられそうなら粥を温めるか、林檎を下ろして来る」
「お前にキッチン触られんのすげぇ不安」
「失礼な。器具類の位置関係はとっくに把握しているし、ちゃんと原状回復はする」
「
……
粥はわかんね。林檎のがまだ食えそう」
「了解した。戻る前にもう一度、熱を測っておけ」
言い置いてからキッチンに取って返すと、コンビニの袋から林檎を取り出した。流水で良く洗い、包丁を借りて切り分け種を除いて、皮ごとすり下ろした。器に移し、冷蔵庫からチューブの生姜を出して少量混ぜ、蜂蜜を垂らしてスプーンを添える。
包丁以外の洗い物は全て後回しにして、すり下ろした林檎と水を入れたグラス、常備してあったスポーツドリンク数本と、発見した冷却枕を抱えて部屋へと戻った。
「起きられるか」
「
……
ああ。熱、38度5分だった」
「解熱剤が切れてまた上がったな。風邪薬の類は」
「切らしてる」
一旦全てをサイドテーブルに置いて、起き上がるのも辛そうな男の背に手を添えて介助すれば、手袋越しでも発熱特有のじっとりとした熱さが伝わってくる。
自力で体勢を保持出来るのを確認してから林檎の器を手渡してやり、枕を交換しながら様子を観察した。
不思議そうな顔をしながらも口に運ぶ動作は億劫そうだが、食えない程消耗しているという訳でもなさそうだ。他に何か酷い症状を訴えるのでなければ、確かにただの風邪だろう。
ひとまず安堵しつつ、明朝に薬局が開いたら風邪薬を買いに行くのが先だな、と考える。
「
……
村雨」
「何だ?」
「あのよ。来て貰って悪いけど、マジで大丈夫だから」
「帰れとでも? 恋人が体調を崩している時に、それを知らせても貰えず、看病すら不要だと」
「
……
そうじゃ、なくて」
言葉が続かないのかそのまま口籠った男は、困った様に眉間に皺を寄せた表情をして視線を落とした。
獅子神の言いたいことは、全て手に取るように分かる。
周囲に弱みを見せたくない、他人に頼りたくない。
頼った相手が、本当に味方かどうかも分からない。
だから頼って良いのかも、頼り方すら分からない。
この男の来歴を鑑みればそんな所だろう。
しかし私は医者であり、恋人であり、何よりもまず獅子神敬一にとって近しい人間ではないのか。
今この場でそう言ってやるのは簡単だったが、弱っている人間に詰め寄ってまで理解させるのは酷な話だろう。
―
心の底から、口惜しいことに。
「獅子神」
「ンだよ」
「私は医者で、診断を下すのは私だ」
「
……
知ってるよ」
「ならば遠ざけようとするな。病院に行くのが嫌だ、というのなら、せめて言うことを聞いてくれ」
「分かった。
……
お前が無理はすんなよ」
「承知した」
綺麗に食べ終えた林檎の器を受け取ると、代わりに水のグラスを渡して解熱剤を飲ませてやった。
「少しそのまま待てるか」
「ん? ああ」
「蒸しタオルを作ってくる。せめて汗を拭いて、上だけでも着替えれば、気分も良くなるだろう」
「
……
悪ィ」
「構わん」
言って立ち上がり、キッチンへと戻る。洗い物をざっと片付けて、持ち出したハンドタオルに水を含ませ緩く絞り、電子レンジに掛けながら息を吐いた。
風邪に限らず体調を崩した時、誰も頼れる相手がいないというのであれば仕方がない。
だが獅子神には私がいるし、連中もいる。金を出せば銀行も手を回すだろう。
何よりもまず雑用係に指示を出して、市販の薬を買いに走らせても良かった筈だ。それなのに一番始めに遠ざける、という選択肢を選んでしまっている。
この男にとっては、自身が弱った時に誰かが近くに居るのは恐怖なのだろう。そういう時間を、生きてきたのだろう。
私自身が幼い頃、両親も兄も看病してくれるのが当然だった。
すり下ろした林檎の甘さを知ったのも、風呂に入れない体を拭いてくれたのも家族で、逆に自分が面倒を見る側になったこともある。
獅子神がそういう時間を過ごせてこなかったのなら、これからの時間で私が与えてやれば良い。
引き換えにする何かがなくても、ただそこに在るだけで愛されて良いのだと知らない男に、例え
―
どれだけの時間が掛かっても。
湯気の立つタオルを持って部屋に戻り、即座に脱げと命じる。
「わかっ、分かったからタオル片方貸せ! 前は自分で拭く!!」
「チッ仕方ない」
「お前何でそんな機嫌悪ィの
……
?」
眉尻を下げて汗を拭っているであろう男の広い背中を、タオルが冷めない内に拭いてやった。誰のせいだと内心で溜め息を吐きつつ、 項から後腰の見える範囲、その隅々まで丹念に。
粗方拭き終えた所で立ち上がり、チェストから適当に取り出したロングスリーブシャツを手渡した。
「洗濯はどうする」
「そこまでは良いって。熱下がったら自分でやるし」
いそいそと着込み再びベッドへ沈んだ男の額に、手袋を外した手で触れる。
「
……
外しちゃ意味ねぇんじゃねーの」
「後できちんと洗うから問題ない。さあ、寝ろ」
「おう。
……
ありがとな、村雨」
部屋の明かりを落とし手の平で目蓋を軽く覆ってやれば、小さく言って獅子神は静かになった。
手を離し、眠りに落ちるまでを見届けてから、使ったタオル類を片付けに行く。
今夜は寝ずの番になるだろう。
それ自体は慣れているし、男の為ならば苦でもない。
ただ、早く治ってくれれば良いと祈りながら、私は獅子神の部屋を出た。
※ ※ ※
「
……
何で居るんだよ」
呟いた声は掠れ、我ながら酷い有様だ。
オレは昨晩より大分軽くなった体を起こして、サイドテーブルに手を伸ばし置いてあったスポーツドリンクを呷る。糖分が喉に滲みたが、それよりも水分が必要だった。
ベッド脇にデスクチェアを持ってきて座っている村雨は、腕組みをして目を閉じたまま微動だにしない。
普段なら客間だろうがどこだろうが、まるで自分の家であるかのように振る舞う癖に、この夜はただ椅子の上で過ごしたらしかった。
―
オレの、為に。
どうせ起きたら熱は、と問われるのだろうと、自発的に体温計を手に取る。脇に挟んでぼんやりとしていれば、何とも言えない気持ちになった。
大した事はない、ただの風邪だ。
誰にも迷惑を掛けたくはなかったし、それが当然だったから言わなかっただけなのに、恐らくは呼ばれなかったことに対する憤りを全開にして来た恋人の姿に感じたのは安堵だった。
万が一を考えれば合鍵を使えなくするという選択肢もあったのに、部屋の鍵さえ掛けなかったのはもしかして、という甘えた考えからだ。
そしてそれは、現実になった。
電子音が鳴ったので体温計を取り出した瞬間、村雨がぱっと目を開いて視線をこちらに向けて来る。
「
……
何度だ」
「お、おう。37度4分
……
起きてたのかよ」
「いや、寝ていたが。まだ少しあるな。後で風邪薬を買ってくるので、平熱に戻るまで大人しくしているように」
「
……
はいはい」
反射的に大丈夫だ、と言いそうになったが、半眼で睨まれたので大人しく布団を被り直して返事をしてやった。
「よろしい」
眼鏡を取り立ち上がった男は何故か満足気に頷くと、シーツに手を付いて、そして。
「何だ今の」
「さあ、なんだろうな」
顔を洗ってくると出ていった背中を見送りながら、唇を押し当てられた額に触れてみる。
「何だよ
……
」
熱を出して寝込んだ時にすり下ろした林檎を与えられたことも、夜通し看病して貰ったことも、こんなに穏やかなキスをされたのも初めてで、これは何だろう、と疑問する。
分からないし、知らないが、それでも悪い気分ではない。
微妙にかったるい体をベッドの中で丸めて、オレは目を閉じる。
きっとこれは見返りを期待しての何かではないのだろうと、それくらいは感じ取れた。
オレが何も出来なくても、しなくても、村雨はこうしてくれるのだろう、という、そういう確信だ。
それをなんと呼ぶのかは、実のところもう知っているのだろうが、その名で呼ぶのは少しばかり気恥ずかしい気がした。
だから、オレがそうしたいだけなのだという理由で、体調が良くなったら村雨の為に良い肉を買ってステーキ焼く算段を立てる。
オレとあいつの関係には、きっとそれが相応しいし
―
そうして、続いて行くのだろうと思いながら。
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