ゆい
2023-12-19 14:08:20
1309文字
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跪け生命

【宗みか】!時代のありふれた話


「あそこに居るのって斎宮じゃね?」
「斎宮って。ちょっと前に帝王って呼ばれてた、あの?」

それは、ちょうどおれの耳にだけ届く声量の呟きだった。
お日様がまだ高い内に二人で校内を歩くのは久しぶりだった。お師さんは基本的に教室か部室にしか出向かない。加えて、お師さんが校内でおれと一緒に居てくれるのは日も傾いた放課後からだ。お互いに少ないけれど友人は居るし孤独を厭う性格でも無いから、そのことには特に不満も不安も無い。どうせ、おうちに帰れば問答無用に二人きりだし。
前方に気取られぬようにそっと眼だけ動かせば、視界の隅に顔も名前も知らない誰か達が立っている。またか、と思った。同時に久しぶりだな、とも思う。その他大勢の背景が突然意思を持って話し始めた時の感覚は、遠い耳鳴りに気付いた瞬間にも似ている。
おれ達が完全無欠じゃ無くなった頃にも、確か同じような台詞を聞いた気がする。ちょうど今とは真逆の季節で、万物が等しく雪に埋もれて枯れていた。その頃のおれ達と言ったら、各自生きることに必死で、ユニットとしても殆ど機能していなかった。何とか冬を耐え延びても、花舞う春に縁は無く脇目を振っている余裕も無かった。今では舞台に立つ機会も名声も段々と戻ってきたけれど、やっぱり最盛期には程遠い。だけど、おれは信じている。お師さんはこんなところで燻るような神様じゃない。こっちは死にもの狂いで盲信しているのだ。たかが外野の一声で揺らぐような信仰じゃない。

「影片?急に立ち止まってどうしたの?」

神様の声で我に返れば、数歩先で澄んだ紫がおれを見ていた。自分でも気付かない内に立ち止まってしまっていたらしい。何でも無い、とへらり笑えば、眼差しは訝しむように鋭く光る。本当に何もないんよ、お師さんが気にするようなことは、たったのひとつも。

「‥早く行くよ。時間は有限だ」

微笑み続けるおれに言葉に選ぶよう口篭ったのは一瞬だけ。次の呼吸にはもうお師さんはこちらを見てすらいなかった。前方にはバレないように注意して声のした方向へ一度振り向く。視線がぶつかった途端、面白い程派手に狼狽える姿に思わず笑いが漏れる。あんな罵声ですら無い、悪口以下の言葉の責任さえ取れないなんていっそ哀れだ。外野は何時もそう。面と向かって傷付ける覚悟も無いくせに、好き勝手に群れて囁き合うことが大好きで。相手にするなとお師さんは言うけれど、おれはどうしても耐えられなかった。お前達が気安く語ったことひとは、今この瞬間だって己の命を燃やし削りながら至上の芸術を追い求めている。一度や二度の栄枯が何だ。天国と地獄は紙一重で、どこに居たって手は繋げるし歌は歌える。お師さんは決して過去形になんてならない。やがて世界は必ず、もう一度このひとに平伏する。凡俗共の口から賞賛と畏敬の言葉しか聞こえなく程の逆転劇が、きっとすぐそこまで来ている。
お師さんに褒めてもらった瞳で軽く名無し達を見据えてから、今度こそ輝く背中を追い掛けて行く。気高く凛と張り詰めて真っ直ぐにしか進めない足取りは今日も世界で一等美しい。おれの神様は今も昔も、未来でだって最強なのだ。