ゆい
2023-12-19 14:06:58
1948文字
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あなたのせいで地獄に行けない

【宗みか】!時代の冬のふたり

2021/01/24
【宗みか】あなたのせいで地獄に行けない

冬は嫌いだ。永遠めいた失意と恥辱の日々を嫌でも思い出してしまうから。
窓の外に薄く積もり始めた白を眺めながら、声には出さずそんなことを思う。一年前の秋、僕達は緻密に積み上げた砂上の栄華から突如蹴り落とされて、呆気なく奈落へ倒れた。次に訪れた冬は無慈悲に冷たく、ばらばらの自尊心を拾い集める為の熱すら僕から根こそぎ奪っていった。あの底無しの寒さと冷たさを思い出す度、心のどこかでぎりしと軋む音がする。舞うばかりの雪にすら忌々しく舌を打って目を逸らすことしか出来ない僕に、まだ少し冬は長すぎる。
共に冬を超えた愛用の毛布は既に羽織っていたけれど、やはり心無しか寒気を覚える。ここで風邪でも引いてしまっては、製作中の衣装の完成が遅れてしまう。暖房を強めようか毛布を足そうか迷っていると、ばたんと新たな冷気と騒がしい空気が扉を勢い良く開けた。

「寒い寒いと思ったらついに雪まで降り始めたんやねぇ」

道理でくしゃみも出る筈やわ。呑気に不健康な独り言が凍えた部室を流れていく。寒いと言うならもっと着込めば良いのに。雑に捲られた制服から覗く腕のあまりの白さに寒気がする。肩に掛けていた温度を確認しながら無言で手招けば、途端に瞳は輝いて一目散に僕の元へとやってきた。

「体温調節くらい自分でしたまえ」
「急に寒くなったから上着忘れてしもたんよ」

僕の熱が移った毛布にすっぽりと埋もれながら影片がにこりと嘯く。満足気に細められた色違いの瞳がちらりと窓の外を見て、驚嘆とも諦観とも取れる息を吐いた。

「綺麗に積もってるわ」
「何が綺麗なものか。どうせ帰る時には溶けている」
「お師さん、雪とか嫌いやっけ?」
「‥雪、というよりこの季節を好まないだけだよ。君もそうだろう」

去年の冬は恐ろしく永くて寒かったから。早口で呟いた理由は、幸か不幸か影片の耳までは届かなかったらしい。独り言にも似た問い掛けだけが形を保って、二人の間を漂った。ひやり、と嫌になる程に知った底辺の風が頬を撫でる予感がする。君もきっと思い出すだろう、誰一人信じられずに冷たく飲み込んだ血反吐の味を。
――だけど、彫刻のように整った横顔は何故だか明らかに喜びを帯びていて。

「おれは好きやで。雪は端正にきらきらしとってお師さんの創る芸術みたいやし、寒いのも凛と頭が冴えてむしろ良いアイデアが浮かぶもん。それに、」

不出来の人形は星と見紛う程の煌めきで己の知る美しさを語る。一呼吸置いて、踊るようにして僕へと辿り着いた瞳を、一体誰が凍えて滅ぶと言えるのだろう。

「冬が終われば春が来るんよ。春が来たらまた沢山、お師さんとライブが出来る。それまでの準備期間だと思えば、冬なんていくらでも越えられるわ」

一言一句噛み締めるように、では無く。春風のように軽やかな物言いで、影片は既に勝手知ったる春を待つ。楽しみやねぇ、と季節外れに綻ぶ口元が彼の為に書き上げた音階を小さく歌った。鼻歌だろうと寸分の狂いも無いその出来は、紛うこと無く耐え忍んだ時間が作り上げたものだ。決して、挫折を忘れた訳では無いのだろう。焼き付くような屈辱も、身を切るような別離も無かったことにはしないのだろう。ただ理不尽に降り掛かった無数の火の粉を、君は刹那の星に変えてその身に纏うことを選んだのだ。
まだ冬に立ち尽くす僕には気付かず、春を夢見る声はまだ続く。衣装はどうしたいだとか演出はこうしたいだと、よくもまあ夢ばかりすらすらと歌うことが出来るものだ。呆れるよりも先にその能天気さに感心してしまう。冬を過ぎる為に目を瞑り耳を塞いで思考を放棄する必要は無い、と君は言う。一度悴んだ手でしか産み出せない温度が、一度痺れた心でしか辿り着けない境地がある、とも。ただの御伽噺かもしれない。終わらない冬が無い代わりに、次に来る春が輝かしく素晴らしいものである保証もどこにも無い。だけど、それでも君は懲りずに今年も春を待ちわびることだろう。

「雪、全然止まへんねぇ。一体いつまで降るんやろ」

拗ねる言葉とは裏腹に口振りはどこまでも晴れやかに響く。しんしんと視界に積もる雪は何の感情も映さずに、ただ現象としてそこに在る。そうだ、季節など所詮、瞬きの内に優劣付けず暮れては巡るだけだ。僕は冬が嫌いだ。雪は全く綺麗じゃないし、寒さには何年生きても慣れることがない。君といたって、恐らく全てを克服することも無いだろう。それで良いのだ。僕はまだこのままで構わない。吹き荒ぶ風に雪が混ざろうと影が差そうと。せめて、背筋は伸ばしたままで耐えていよう。
いつかの冬に震えたままでも、今年も春は等しく僕等に来るのだから。