ゆい
2023-12-19 13:10:15
5094文字
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今日の火は消さないで

【宗みか】しゅうくん誕生日


「プレゼント、沢山やなぁ」

ふたりぼっちの部屋におれの声だけが響いている。普段ならお師さんの同室の人達が居るからそんなことは有り得ない話だ。だけど、各自用事があって今日は自室へ戻らないと聞いているから、この呟きもお師さんの耳以外には届かない。飲めや歌えやのお祭り騒ぎを済ませた夜は少しだけ肌寒くて、冬がすぐそこまで来ていることを教えてくれる。数年前までは冬を迎えることが恐ろしかった。凍えた身体で寄り添い合い、未確定の雪解けを待った日々は、記憶の底で未だ冷気を放っている。二人床に座り込んで迎えた朝の焦りも、いくら繋ごうと指先一つ温められなかった夜の虚しさも、思い出にするには冷たすぎて。だけど、おれ達は枯れ果てた土地にもやがて咲く、しぶとく鮮やかな花の名前を知った。燃え落ちた筈の星だって何度でも生まれ直して良いことに気付いた。そうして何時の間にか冬はただの季節となり、過去は色とりどりのかさぶたとなって。決して無かったことにはならない傷は、勿論胸の奥に今も美しく咲いているけれど。二人に春は必ず訪れるから、怖いものは一つも無い。

「これで全部だね。礼を言おう、一人では今夜中に運び終わらなかった」
「お師さんの頼みなら何でも聞くで。しかし、ファンの皆とお友達からのプレゼント合わせると、やっぱり凄い量やねぇ。流石はお師さんや」
「君だって誕生日にはこれくらい貰うだろう。その時は僕も半分運んであげよう」
「おおきに、期待して待っとるわ」

その言葉だけで運搬以上の価値があるけれど、正直に伝えると拗れそうなので無難に感謝を伝えておく。今夜のお師さんはご機嫌だ。一度も「ノン」と言ってないし眉間の皺も寄ったそばから消えていく。沢山の人から誕生を祝われて存在を尊ばれるお師さんを見るのは本当に嬉しい。数多の星に囲まれて、それでも一等美しく輝くお師さんを遠くで覗いているだけで、おれまで上等になれる気がする。出会った時から今までずっと、お師さんはおれの一等星。その光を目指しておれは立ち上がり、転んで並んでここまでやって来た。
ベッドの横に行儀良く積み重ね終えたプレゼント達を眺めていると、軽い溜め息と共にお師さんが腰を下ろす。白い頬に薄い疲れは浮かんでいるけれど、人混み酔いは無いようで、そっと安堵の息を吐く。おれはどうしようか、そう思うより先にお師さんは無言のまま隣をぽんと叩いてこちらを呼ぶ。お師さんはおれの考えなんてお見通しだ。押し付けがましくない強引さと有無を言わさぬ優しさで、諸々に躓きがちなおれを正しい答えを導いてくれる。

「失礼しますぅ‥。何時も思うんやけどお師さんのお布団ふかふかやね。特注品だったりするん?」
「君のと同じ支給品だよ。メンテナンスを正しく行えば、人も物も自ずとあるべき姿に収まるというだけ」
 
君のようにね、と隣に座ったおれを待ち構えていたように広い掌が頬に伸びてくる。眠い時と同じくらい熱いその指先に自然と肩が跳ねる。恐る恐る瞳を覗けば、凪いだ菫色の星の奥底にはおれにしか分からない炎があって、慌てて視線を外す。まだプレゼントも渡していないし、おめでとうだって十分に伝えきれていない。ここでほいほいと燃え移ってしまったら、日付など簡単に跨いでしまう。

「プ、プレゼントっ!おれも見てもええかな、何貰ったのか気になるしっ」
「‥一通りは確認したし、好きにしたまえ」

目を逸らしついでになるべくさりげなく離れる口実を口にすれば、一拍遅れて肯定が返ってくる。語尾が薄く震えていた気もするけれど、あえて見ないからどんな表情なのかは分からない。頬を軽く温めてから遠ざかっていった指が酷く甘かったのも勘違いに決まっている。これ以上考えると深みに嵌って動けなくなりそうだから、急いで一人分の距離を取って早速一つプレゼントを開ける。これはファンからだろうか、紫のリボンを解いて奥を覗くと袋の中にはハンカチがある。ふかふかで刺繍も綺麗な真紅は一目で上等なものだと分かった。隣の箱には紺碧と金糸雀色が眩しい花のイヤリング、分厚い封筒の下に隠れているのは天鵞絨の柔らかそうなストールだ。身に纏うものから手芸用品まで、お師さんのことを深く考えて選ばれたと伝わる贈り物に、眺めるおれまで嬉しくなる。全てがお師さんを彩るに相応しい品々だと思う、けれど。さっきからずっと小指の先ほどの違和感がどこかにある。内容も装丁も変なところは無い筈、おれの感性は一体どこに引っ掛かっているのだろう。謎とも呼べない小骨に思わず首を捻れば、後ろで小さく空気が揺れる気配がした。

「今年のプレゼント達は、例年以上に愉快だったね」
「愉快?お師さん宛のプレゼントって上品な感じのが多いのに、意外やね」
「注意深く見ていれば、君もいずれ分かるよ」

いたく上機嫌な声が笑いを噛み殺しながら唱えたヒントに首の傾きがまた深くなる。違和感はどうやら本物らしいけれど、お師さんは答えを教えてくれないらしい。何時もなら何も言わずとも滔々と解説まで付け加えてくれるのに珍しい。とりあえずちっとも分からないから、プレゼントを選ぶ手は止めないでおく。次の包みは蒲公英を思わせる小さなコサージュ、隣の桃色の箱には勿忘草がブーケとなって仕舞われていた。何となく、答えのような影を脳裏に見た気もするけれど、まだ正しさは掴めない。喉の奥に溜まっていくもやもやを飲み干せないまま、ベッドの上の色とりどりは増えていく。ちょっと前までなら、広がる海はワインレッドで染められていた。息苦しい程に統率されたあの世界も好きだったけれど、花束みたいな今も綺麗だと純粋に思う。何時からこんな風になったんだっけ、――あれ、いま何か確信に触れたような。

「影片?手が止まっているみたいだけど、もう眠くなったのかい」
「うわっ、まだ寝まへんけど!?」

凛とした声に突然思考を乱されて、閃きは辿り着く前に霧散した。思わず振り向いた先のお師さんは心配が半分に好奇が半分の顔をして、眉間の皺と一緒にこちらの表情を窺っている。訝しげな視線へ自分なりに元気いっぱい笑い返してすぐに再度背中を向ける。せっかくの誕生なのにこのまま寝かしつけられては堪らない、まだするべきことを一つも済ましていないのに。息を呑んだのか唾を飲んだのかいまいち判断に迷う音がしたけれど、追求されないということは納得してくれたのだろう。そういうことにして、また新しい箱を開ける。ここからは友人達からのプレゼントのようで、クロワッサンや刺繍糸が気安い感じで贈られている。お師さんでも食べられそうな蜂蜜色の可愛いマカロンに、深緑にピンクの薔薇がよく映えるブックカバー。お師さんの好みでは無い筈の、可愛い黒猫のぬいぐるみがひょっこりこちらを見てて思わず頬が緩む。どちらかと言えばおれの趣味に合う澄まし顔を撫でてみれば、慌てたようなわざとらしい咳払いが一つ。愛らしいのは恥ずかしいのだろうか、可愛いものを貰うお師さんも可愛いのに。仲良く並んだマグカップにも満月の目をした黒猫がでかでかと描かれている。お師さんが黒猫好きって誰が広めた情報なのだろう、おれの前ではそんな素振りちっとも見せないのに。やっぱり、こう見るとジャンルもテーマも今までとは違う気がする。プレゼントの傾向が格調や品格よりも愛嬌とか親愛へと傾いて、好意の山を眺めても浮かぶ相手はお師さん独りじゃない、ような。

「‥‥お師さん、」
「やっと気付いたの、‥君、真っ赤だね」

呼びかけに間髪入れず肩を掴まれて、結局また視線はお互いに戻った。振り向かせた顔色に少し声を滲ませるだけの余裕が憎らしい。驚いたのは一瞬で、後はあからさまに面白がって輝く瞳には、恨めしそうな表情をしたおれがいる。こんなの、照れない方がどうかしてるだろう。お師さんのお祝いなのにちらほらではなく、至るところに意外としっかりおれの色が混ざってしまっている。もしかして、今日っておれの誕生日だったかも。

「安心しなさい。君の誕生日にはまだ二ヶ月あるから」
「お師さんが超能力に目覚めた‥」
「顔に全部書いてあったよ。ここ数年で君の色が増えてきた印象はあったけれど、今年は特に顕著だ。こんなにカラフルな誕生日は初めてだね」
「なんや、おれの方が照れるわぁ‥。せっかくのお師さんのお誕生日なのに、おれ出しゃばってへんかな」
「君は毎回、本当に詰まらないことで悩むね」

しみじみとこちらを貶す声に少しだけむっとしたけれど、同じく至近距離で向けられた穏やかな笑みに二の句は軒並み舌先で息絶えてしまった。こちらの動揺など気にも留めず、流れるように腰へも回った手はおれの身体を軽く持ち上げてベッドの上に引き上げる。そのまま殆ど強制的に膝を折らせておれを向かい合わせにしたお師さんは、まだ何もかも追い付かずに引き攣る頬を今度は両手で包んでくる。

「世間が君を、僕を彩るに相応しい命だとようやく認めたのだよ。謙遜している暇があるなら、この幸運を存分に享受したまえ」
「‥おれ、お師さんのそういうところ好き」
「当然だろう。君が僕を嫌うことなんて万が一にも、‥無いよね?」
「億が一にも無いで!」

疑問符なんて蹴散らすつもりで答えを返して、ついでに無防備な首元めがけて飛び込んでいく。おれの全てを乗せた抱擁でも大した衝撃にはならないのに、お師さんは完全に受け止めた上で一緒にお布団に落ちてくれた。抱き付いたというより押し倒したに近い結果になった二人は、触れ合った箇所から順に発熱していく。危ないね、なんてわざとらしく耳元で零れた独り言さえ、火傷しそうな程に甘く響いた。何時もならどんな態度や言葉にも身動ぎ一つせず、暑苦しいよって眉根を寄せて窘めるだけのくせに。おれ以上に強く背中へ腕を回して閉じ込めてくる暑苦しさを、愛以外のどんな名前で呼べば良い。

「‥プレゼント渡すの、明日でもええ?」
「君のことだからプレゼントは自分だとでも言い出すのかと思っていたよ」
「そんなん、とっくの昔に骨の髄まで贈り終わっとるわ」

当たり前過ぎて呆れが大いに滲んでしまった返しにも特に反応は無い。だけど、頬に当たる唇の端がにんまりと釣り上がったから、顔は見えずともお師さんがどんな表情をしているか分かった。疑問符が確認のふりをした誘導だったことも、こちらの火種が爆ぜるのを今か今かと見極めていたことも、おれだってちゃんと気付いていた。飛んで火に入る夏の虫、溶け始めた脳裏を教科書の文字が走る。今は秋だし人間だけれど、お師さんが火ならおれは喜んで灰になる。
しがみつく腕に少し力を込めれば、それを上回る力で身体を剥がられて次の瞬間には鼻先が触れた。紫の奥で燃えていた炎は、既に瞳全体にごうごうと燃え広がっている。きっとおれの二つの色も同じくらい派手に揺らめいているのだろう。こんな時でも優雅に弧を描いたままの唇が狡くて、たまにはこちらから乱してしまいたくなった。どう塞いだら慌ててくれるだろうかと密かに悩むけれど、答えが出る前に湿った五本の熱が横腹をぞろりと撫でる。

「‥悪いお手手やねぇ」
「僕のものなのだから好きに触るよ。特に今夜は多少の我儘も許される筈だし」
「誕生日やなくてもお師さんなら許すで」
「そうで無ければ嫌だね」

どうせ筋書き通りのやり取りでも、やらなきゃ拗ねるし形式美ってやつが案外好きなおひとだ。付き合って振り回されて辿り着いた先が腕の中なら、おれはなかなか上等な燃え滓かもしれない。だけど、こちらを真っ直ぐに見上げる炎は一度きりで燃え散る美なんて好きじゃないのだろう。灰の中から何度だって咲くような歪な花も綺麗だねって認めてくれるから、おれも貴方のような炎になりたいと思うのだ。
喉が鳴る程に満足気なその笑みで今夜も惚れ直している内に、唇は何時も通りに重なってしまった。せめて、おめでとうの一言だけでもと思うけれどあっという間に口付けは本気のやつになって、もうおれには流される以外の選択肢が無い。明日になってもプレゼントは喜んでもらえるだろうか、本当は今日だけじゃなくて毎日何かしら贈りたいくらいだけど。とりあえずは、朝起きてありがとうって笑うお師さんに似合う色のおれで在りたい。段々と深くなる呼吸に早くも溺れながら、もう働くなってきた頭でそれだけを願う。そのまま、おれ達以外の鮮やかさを尻目に、眼下の色だけ焼き付けて静かに目を閉じた。