ゆい
2023-12-19 13:07:23
2594文字
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甘くなるまで待って

【宗みか】Web企画提出作品 嫉妬とは

2023/09/24
【宗みか】甘くなるまで待って



ふたりきりしか許されていない部屋で耳障りな電子音が鳴っている。
一人分のベッドのどこかから聞こえる戦慄きは、忌々しい連絡手段の在り処を不愉快な程に主張する。あまりの無粋とタイミングの悪さに、口づけの代わりに舌打ちが漏れた。同室の彼は今夜は地方に行っていて帰らないのだと予め聞いていた。帰国後のごたごたをようやく片付け終え、これからやっとお互いに没頭しようと思っていたのに。向かい合わせで僕を待っていた影片も流石に目を開けてきょろきょろと辺りを探している。コール数は恐らく十を越えたがいまだに止む気配は無く、不愉快だけが増していく。あっという間に台無しになった全てに目眩すら覚えるが、ぱっと目の前で煌めいた瞳は音の住処をわざわざ見つけ出して、遮る間も無くその手に握る。

「はい!お師さんのやったよ!」
「‥無視しよう」
「この人って、前に話してた展示会のマネージャーやろ?大事なお仕事の電話やろうし、出た方がええよ」
「後で掛け直すから良いよ。今は君の方が大事」

見覚えのある名前が浮かぶ液晶を白い指から抜き取って、誰にも有無も言わせずに電源ごと切って手の届かない場所へと置く。やっと取り戻した静寂はもう見る影も無く白み、代わりに耳まで赤くした影片の拙い狼狽が時折響いた。視線は忙しなく僕以外を泳ぎ、空白になった掌が数度悪足掻きのように宙を掻く。ベッドの上でわざわざ正座していたせいで思ったように逃げることも出来ず、ひたすら縮こまる姿は何度見ても飽きない。このまま夜を明かしても良いけれど、せっかくの休暇はあと数日しか無い。勿体ぶって格好つけても君に愛は伝わらないことは嫌というほど知っているから、さっさと躊躇ったままの手を取った。

「彼女とはあちらへ戻れば毎日顔を合わせるからね。一度くらい連絡が取れなくとも平気だよ」
「‥毎日?」

初々しく触れ返してくる筈の指がぴたりと動きを止めたかと思えば、綿菓子のようだった声に突然芯が通る。こちらが戸惑う前に赤らむばかりだった頬は光の速さで強張り思い詰めるから、思わずこちらも一瞬言葉に詰まってしまう。

「‥彼女とは、会っても仕事の話しかしないよ。僕には君がいるし、あちらも既婚者だから、君が思い煩うようなことは一つも無い」
「おれも毎日お師さんに会いたい」
「‥‥まぁ、今すぐには難しいけれど。君が願うのなら吝かでは無いよ」
「あんまり難しい言葉使わんといて。てか、そんな真剣に聞かんでよ。ただの冗談やから。ちょっと困らせたかっただけで、別に意味とか無いし。だから、」
「待て。それ以上は許さない」

正しさだけを意識して水を差せば、雪崩のように彼を包んでいた言葉がぴたりと止む。先程までの赤は見る影も無く白に果て、僕を避けてシーツに注がれた眼差しも痛々しいほどに揺れていた。口元だけの笑みがゆっくりと剥がれ落ち、やがてただの輪郭と化すまで吐息一つ零さずに待つ。君が掠れて萎れる時は、何時だって僕が理由の真ん中にいる。人形では無く人間としての君を望んだのは僕だ。意志ある者として思い煩う君へ、僕は精一杯の言葉と心を贈ろう。神様として選ばれた僕には、君を憂い無く咲かせる義務がある。
見せかけが全て抜け落ちた頃合いを見計らって、もう一度掴んだ手に力を込める。握り返してくる熱はまだ無い。代わりに、やっと聞こえた溜め息と共に影片がこちらは見ずに薄く笑う。

「堪忍なぁ。おれ、お師さんの重荷にはなりたくないんやけど。会うの久しぶりだったから、ついわがまま言ってもうたわ」
「重荷では無いと何度言っても信じないね、君は」
「お師さんのことは何時でも信じとるけど」
「自分のことも信じるのだよ。‥でも、少しだけ安心はした」
「安心?怒ったんのちゃうの?」

澄んだ驚きの声と共にやっと星の瞳がこちらを見る。目は口ほどに物を言うとは昔からよく聞くが、影片を見ているとその言葉の意味がよく分かる。生まれながらにして異端を纏う筈の瞳は、神秘とは程遠い感情ばかりを饒舌に映すから。

「はじめて、だからね。君がわがままを言ってくれたのは」
「‥聞いても、嫌いにならへんの?」
「むしろ好きが増したよ」

言葉は既に尽くし終えたからもう返事は待たずに握った手ごと引き寄せる。大した抵抗も無く僕に落ちた影片はただぽかんと固まったまま、まだ贈られた意味が噛み砕けていないらしい。一ヶ月ぶりに触れた温度は相変わらず痩せすぎで頼りなく、節々が歪に骨ばって凍えている。温めついでに隙だらけの身体を持ち上げて膝の上に乗せてしまえば、やっと気付き始めた顔が存外近くに来て何だか愉快な気持ちになる。

「は、はれんち‥!」
「絶対言うと思った」

予想通りの表情と感想が降ってくるものだから、思わず心底笑ってしまう。僕を見据えて満ちた瞳は夜を覆う星々と比べても遜色無い。夜と同じ濃度の睫毛が光を忙しなく弾き、一層赤い頬にまで美しい影を落としていた。いくら態度で示そうと結局君は僕が放った言葉にばかり反応する。口づけや抱擁にはもう昔ほど照れなくなったくせに。僕の何が君の琴線に触れるのか、何年経ってもちっとも理解出来ない。

「‥おれで遊んでるやろ、お師さん。こっちは死ぬ思いで話したのに」
「僕だって、まさか君が嫉妬までしてくれるとは思わなくてね。君の成長をどう喜ぶべきか、正直まだ迷っている」
「人間やったら嫉妬の一つや二つはするやろ」
「それは駄目だよ。一つで良い。僕だけにしたまえ」

語尾を蹴散らすように言い切ってしまえば、僅か煙っていた眼差しが花のように綻び開く。覗く瞳に映る僕は自分でも狼狽える程に真剣だけれど、逡巡は奥歯で潰して何でも無いように見返し続けた。未だ険しさを孕む大輪の星に新しい静謐が満ちるまで、昔ほど時間はかからない。耐え難き冬もやがては春に至るから、君だってそろそろ幸せになるべきだから。その上で僕は君の言葉が聞きたい。言葉より何時も態度が雄弁な君の、それでも漏れ出た本音が欲しい。

「‥おん。一生、お師さんだけがええ」

結果得られた告白に、うっかり息の根を止められかけたとしても。はにかみながら零してくれた愛を僕が独り占めして良いのなら、それも悪くないと確かに思った。