ゆい
2023-12-19 13:05:24
2700文字
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君は小説より奇なり

【宗みか】成人済 酔っ払いと愛の話

2023/09/17
【宗みか】君は小説より奇なり


(愛は呪いなのよ)

「呪い上等やん。何を切羽詰まっとんのや」

微かに鼻にかかる声色に明らかな侮蔑を滲ませ、影片は僕の隣で小さく笑った。
数十分前までは今夜のドラマに友人が出演するからと言って、お気に入りのブランケットやおかしを準備しながらあれ程浮かれていたのに。お目当ての彼が画面の中から退場した途端、影片の興味はすっかり薄れてしまったようだ。確かに下らない男女のすれ違いを御伽噺になぞらただけの構成には僕も飽きてきていたが、彼にはまた別の物言いがあるらしい。

「誰かを好きになるんやったら、呪う位の気概で向かわんと駄目やろ。ほんまに好きなら、誰かに取られる前に相手を呪い殺したれ」

ソファーを軋ませながら張り上げられた声は、尚も深刻げに語り合う物語の二人を今度ははっきりと嗤う。僕と一緒に海を渡って来たワインも何やかんやで彼が一人で半分以上飲んでしまったし、饒舌の裏には酒の力もあるのだろう。ちらりと視線だけ向ければ、仄か赤らんだ頬と目尻がすぐそこに見える。白くて薄い喉仏が覚束無い動きで上下して、両手で抱き締めたマグカップがまた空になる。ワインをマグカップで飲むなと何度窘めても、影片は毎回おざなりに返事をするだけで結局ちっとも直さない。僕には理解出来ないこだわりが歳を重ねる度に増えて、君は年々人間へと近づいて行く。昔の影片を知る者の中には、花開くように明かされていく一面に戸惑ったり落胆する輩もいるらしい。高嶺の花と崇めた人形が、急に己と同じ自我を持つ人間として振る舞い始めれば、懐古主義者にとってその変化は恐怖でしか無いだろう。流転無き命を愛でる趣味を持つ僕には、彼等の絶望が手に取るように分かる。だけど、冬を耐えねば春が訪れないように、変化が無ければ進化も無い。人形では無い君とこれからを歩みたいと望んだのは、他ならぬ僕だ。可笑しなこだわりばかりを抱えて途方に暮れる君を決してひとりにはしない。僕達は決定的に相容れぬまま、これからも同じと違うを繰り返しながら生きていく。

「口が悪いね。いくら酒に飲まれても綺麗な言葉を使いたまえ」
「どんな言葉使ったって、どうせ言いたいことは同じやもん。呪い呪われる覚悟も無い癖に、愛なんて口にすること自体が烏滸がましいや」

咎めても嘲りを止めない彼は、その美しい顔をちゃんと美しいまま歪めて言い切る。まだまだ言い足りないと口元は薄く濡れているが、このままでは気に入りのマグカップがとばっちりで壊されそうだ。画面に噛み付いている内にと、きつく握られた夜色の陶器を細くて白い十本から無言で剥ぎ取る。雫しか残っていないマグカップは、テーブルの上の影片の手が届かない場所へ。急に空になった掌達は数秒何かを探すように彷徨って、結局下半身を覆う色褪せ気味のブランケットに辿り着く。

「お揃いを割ったら許さないからね」
「まだそこまで酔っとらんもん。ぎりぎりほろ酔いやもん」
「ほろ酔いの人間はテレビに絡んだりしない」
「でも、お姫様の呪いはキス程度で解けたりせぇへんよな。王子様はたかがキス位で呪いに打ち勝ったり出来んもんね」
「知らないよ。僕達は王子様でもお姫様でも無いし」

呪った君が分からないのに、呪われた僕に答えを求められても困るんだ。喉までせり上がってきた文句をぐっと飲み込んで、ブランケットに埋もれかけていた左手を代わりに握る。自分よりもずっと低い体温に驚いたのか、ずっと画面に夢中だった眼差しがふっとこちらを仰ぐ。少し溶け始めた瞳に映る僕はお手本のような仏頂面で、恋人と夜を過ごすに相応しくは無い。それでも影片は満足気な笑みを見せて、滑らかに動かした指で更に深く二人を繋ぐ。

「おれに呪われてくれて、ありがとぉ」
「‥質の悪い酔い方をするものだ。ほら、戯言はこれくらいにしてもう寝るよ」
「目ぇ回って立てないんよぉ。お師さん、抱っこして?」
「ほろ酔いなのに?」

酔っ払い相手につい質問などしてしまったが、当の本人はけろりと笑んだままこちらを見つめるばかり。こういう時の影片は頑固だ。否、頑固になったと言うべきだろうか。思わず漏れた溜め息にもまるで気付かないふりの眼差しは、期待ばかりが先走って目に痛い。君が僕を試さなくなって、一体どれくらい経つのだろう。僕が君を諭さなくなったのと比べて、どちらか先で後だったか。人間ならば良い傾向だ。それなら僕も苦労して呪われた甲斐があった。
また熱を増した彼の手を引いてソファーから出来るだけ優しく立ち上がらせる。それでも酔いに任せて揺らぐ身体を予定通りに掬い上げるが、勿論大した反応も抵抗も無い。このままテレビを消して滑り落ちたブランケットも拾いたいが、多分今夜はもう無理だろう。一度離れた手は踊るように次は首へと回り、燃える頬は猫より靭やかに頬擦りを真似ている。酔っ払いにしては敏捷な動きに何か言ってやりたい気もするが、盗み見る横顔は羨ましいほど幸せそうで二の句は結局泡と消えた。

「昔よりはましになったけれど、君はやっぱり痩せ過ぎだね」
「食べるようになったんやけどなぁ。昨日はお師さんも食べたし」
「僕は食べ物では無いし、昨日食べられたのは君だ」
「じゃあ、おれの呪いは美味しかった?」

じゃれつくまま爛々とこちらを窺う眼差しに、思わず抱き上げる腕に余計な力が入ってしまう。途端、慌てたように首にかかる圧も増して、お互いから息が詰まる音がした。もしかして、僕が怒って君を落とすとでも思ったのだろうか。君一人抱え込むなど造作も無いし、手放すことも見限ることも決してしない。第一、正直に愛と問えない君が僕を謀るなど百年早いよ。

「‥そうだね。とても美味しかったから、もっといただこうか」
「えっ」

片付けも消灯も全部放り出して寝室に向けて舵を切れば、腕の中から思った通りの困惑が上がる。ぱっとこちらを仰いだであろう表情は敢えて見ない。今更暴れ出す気配がするが、先回りして固く抱き締め直しておいたから恐らく身動ぎ一つ容易く無い筈だ。

「えっ、あの、お師さん?おれっ、んと、ちゃんと、ごめんなさいするからぁ‥」
「それは偉い。でも、少し遅かったね」
「んあっ?」
「呪われっぱなしは癪だからね。今度は僕にも呪わせておくれ」

人を呪わば穴二つ。この僕を散々煽って試したのだから、君だって愛した分だけ愛される覚悟を持つべきだ。見なくても分かる熱の上昇を肌で感じつつ進む僕の背後で、御伽噺の終わりを告げるような笑い声がした。