tokeyukumikan
2023-05-03 22:50:59
3164文字
Public グレムル
 

モブストーカー君がめちゃくちゃ怖い思いをする話

現パログレムルのムルに一目惚れしたモブがストーカーになって怖い思いをする話です。ちょっとだけホラー要素あり。ザァザァ



しがない電気屋の僕が彼と出会ったのはブレーカーの点検に彼の部屋を訪れた時だった。
前の担当から引き継いだばかりで緊張していた僕は、中から出て来た体格の良い彼を見て更に緊張し、その顔の美しさに見蕩れた。感情の読み取れない深い緑色の目に見つめられぼーっとしてしまった僕に「何か」とかけられた声は低く、静謐な彼のイメージにぴったりだった。一目惚れだった。
ブレーカーの点検に訪れたことを説明し名刺を渡すまで何度も吃ったし、名刺を渡す際に触れた指先に動揺して道具を玄関に散らかしてしまったりしたのに、彼は嫌な顔一つせず許してくれた。名簿に載った名前は「ムルソー」。高潔な人は名前すら美しいのだと、僕はその時初めて知った。


最初の内は遠目から彼を見ているだけで満足していた僕が、彼のことをもっと深く知りたいと思い始めるまでにそう時間はかからなかった。勤め先、行きつけのカフェ、好きな物嫌いな物、血液型に誕生日まで、調べられることは全て調べた。それでも足りなかった。彼の母校まで辿り着いた辺りで、その衝動は形となる。
すみません、先日の点検に不備がありまして。初対面の時のぎこちなさに比べ、嘘はすらすら唇を滑り落ちた。彼は僕が書いた報告書をじっと見つめ、「わかりました」と簡潔に答えた。素っ気ない態度だったが彼がこういう人だということは分かっていたし、何より久しぶりに会話出来た悦びにそんなことは気にもならなかった。何気ない顔をしてコンセントに盗聴器を仕掛ける時は、流石に手が震えたけれど。


彼の私生活は静かだった。テレビをつけるのは朝の天気予報の時くらいで、休日ですらほとんど使わない。独り言を言ったりすることもなく、淡々と日々を過ごす人だった。
静かな足音、料理をする音、カーテンを開けたり洗濯機を回す音、そういうささやかな生活音に耳をそばたてて、今どんな顔をしてるんだろうと妄想するのが楽しかった。彼の落ち着いた緩やかな日々を、僕も一緒に過ごしてる錯覚すら覚えていたのだ。幸せだった。


しかし唐突に僕らの安寧は壊された。第三者が彼の部屋に現れたのである。
彼はその人を「グレゴール」と呼んだ。グレゴールは掠れた哀愁のある声をしていて、恐らく彼より年上だ。気安く彼の名前を呼び、冗談を言い、彼が一人では絶対に見ないバラエティなどを見て軽快に笑う。変化の少ない日々を選んでいる彼はそれでも、その騒がしい侵入者を受け入れてるようだった。友人だと思っているのかもしれなかった。
けど僕にはわかった。グレゴールは彼に好意を抱いている。ムルソー、と呼ぶ声は柔らかく、隠しきれない甘さを含んでいた。僕はグレゴールを憎んだ。僕と彼だけの空間を邪魔するその人を。僕がいるはずだった場所にいるそいつを。排除しなければ。彼に相応しくない。そこにいるべきなのは僕だ。
ザァザァと、ノイズを拾うようになったのはその時からだったかもしれない。


彼に手紙を書いた。何枚も何枚も書き連ねた。どれだけ僕があなたを理解し、愛しているかを伝えるために。彼から返事はない。彼は僕を知らないから。それでも書かずにはいられなかったし、彼ならきっとわかってくれると信じていた。優しい彼。高潔な彼。僕らは魂で繋がりあっている。
グレゴールが手紙に気づいて彼に問いかけたことがあった。彼は最近届くようになったと答え、グレゴールは(愚かにも、本当に愚かなことに!!)ストーカーなんじゃないかと言って警察に相談しようかと持ちかけたが彼は断った。当然だ。僕はストーカーなんかじゃない。彼を傷つけたりなんか絶対しないし、何より愛している。わかってないのはお前の方だ。グレゴール、僕と彼を引き裂こうとする者。お前なんかに負けてたまるか。
ノイズが酷くなっていた。電波の問題か機器が安かったせいかもしれない。近々取り替えに行こう。
………暖かくなってきたからか虫が多いな。


彼が体調を崩したようだ。最近は雨が続いたので頭痛持ちの彼は大丈夫だろうかと心配していたのだが案の定だった。普段より苦しげな息遣いに僕は焦り、ザァザァザァザァノイズが煩くて、居ても立ってもいられなくて、傘を引っ掴み彼と繋がっているスマフォとイヤホン片手に家を飛び出した。玄関を開けた瞬間黒い虫がわぁっと飛び出たが構っていられなかった。彼を救えるのは僕しかいない。唯一の理解者だ。誰より彼と一緒にいた。彼がほんとは孤独で愛を求めていることも知っている。最愛の母親を亡くして辛さのあまり泣けもしなかった彼を薄情だと
言った親族たちとは違う。僕しかいない。僕だけが彼を救うに値する人間なんだ!!
「なぁあんた、ちょっといいか?」
後少しで彼の家に着く、という所で声を掛けられて立ち止まる。本当なら無視してしまいたかったけど、呼び止めた声に聞き覚えがあった。掠れて哀愁のある、男の声。グレゴールだ。
癖のある長めの髪を適当に結んだ小柄な男だった。眼鏡をしていて無精髭、よれたパーカーに草臥れたジーンズ。煙草を咥えた口元をへらりと緩め、手にどこにでもあるビニールの袋をぶらさげていた。ザァザァ。ノイズが止まない。ギリ、奥歯を噛み締めた。どう見たって彼に相応しくない。
何か?僕ちょっと急いでるんですけど」
「あー、いや、そんなに時間はかけないからさ」
一秒だってこの男にかまけている時間などないのにグレゴールはヘラヘラと笑いながら頭を搔いている。ザァザァキィキィ。小雨に濡れた靴が鬱陶しい。
「あんたさ、ムルソーって知ってるか?」
「は、」
「あそこの部屋に住んでんだけどさ」
そう言って指さした先は確かに彼の住んでるマンションだった。ザァザァ。ノイズが大きくなる。
「知ってるよな。何回も来てんだろ」
ザァザァザァザァザァザァ。男が何を言ってるのか聞こえないほどノイズは大きくなっていた。うるさい。けど僕は彼のために行かなきゃいけないんだ。煙草の赤い火に目が眩む。
「あんたがあいつのことどう思ってんのかなんて知りたくもねぇんだけど、」
ザァザァキィキィザァザァキィキィ。男を無視して行きたかった。最愛の人が今も苦しんでいるのだから。なのに足は縫い付けられたように動いてくれなかった。ザァザァ。
「あいつ、あぁ見えて結構繊細だからさぁ」
ザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァザァ。
うるさい煩いうるさい五月蝿いうるさいうるさいウルサイうるさい!!!!!!!!!!黙れよ僕は!ぼくは、

「なぁ聞いてるか?」

耳ごと毟りとる勢いで、グレゴールが僕のイヤホンを引き抜いた。
そこで、はじめて、ノイズがイヤホンから聴こえていた音ではなかったことに、気がついた。
ザァザァ。音はすぐそこにあった。僕はその音に意識を集中せざるを得なかった。

「まぁ、なんだ。俺が言いたいのは一つだけだ」

それは無数の翽だった。羽を擦り合わせ、蠢く何かの集合体だった。それが僕の周囲を取り囲んでいる。背筋が凍る。脚が震える。目の前にいるだろう男以外誰もいないはずなのに、無数の視線を感じた。そして僕は、それが家から着いてきていたことに気がついてしまった。
煙草の匂いを纏った掌が僕の肩を押して、反射的に顔を上げてしまう。そうして、目が合った。

「失せろ」

「羽音の届かない場所まで」



男の背後には、黄色に輝く無数の、





「ーーームルソー?今家にいるか?いや、近くまで来たから寄ってこうと思って違う違う酔ってねぇし得体の知れない缶詰はないよ。ほんとほんと。うん、なぁ、お前さん、今日からぐっすり寝られるようになるぜ。なんでわかるかって?そりゃお前愛だよ、愛」