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tokeyukumikan
2023-04-30 20:14:29
4715文字
Public
ヒスムル
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現パロ⛈🌇
現パロヒスムルがお花見に行く話。
まだ付き合ってないけどいつかくっつく予定。捏造キャラ崩壊注意
ガチャン、という鍵の開く音に意識が浮上した。カーテンの向こう側は薄っすら明るいが起床時間には早過ぎる。気怠さに時計に目を向けることもガサゴソと喧しい玄関にいる闖入者を確認することも億劫になり、目を閉じたまま微睡み続けていると、早朝にも関わらず物音を立てないという発想を持たない容赦のない足音の主が、勝手知ったると言わんばかりに真っ直ぐ寝室に近づいて来るのがわかった。扉が開く。ドカドカと近づいてきて顔を覗き込む気配がする。
「起きてんだろ」
確信を持って掛けられた言葉を無視すると面倒になることは経験している。諦めて瞼を持ち上げベッドに半身乗り上げている侵入者を見上げた。閉め切った薄暗い部屋の中、傷の多い男の薄明が笑う。
「花見に行くぞ」
何を言い出すんだこいつ、と寝起きの頭でも口にしない理性がかろうじて働いたのは僥倖だった。
上体を起こして虚空を見つめるムルソーに「腹減ったからキッチン使いたい」と声をかけると無言で首を横に振られた。立ち上がりざまに「
…
トースターを用意しておいて欲しい」と掠れた声で言い置いてそのままゆっくり洗面所に向かう背中を見送る。顔を洗いに行ったらしい。釈然としないながらもうっかりこの部屋で小火騒ぎを起こして以来家主抜きで立つことを禁じられているキッチンに向かい、オーブントースターのコンセントを差し薬缶に水を入れた。火にはかけずコンロの上に置いたまま冷蔵庫の中を覗いた時に男が戻る。普段きっちり纏められた前髪が濡れて落ちて、憂いを帯びているようで特に何も考えていない緑の目を半分隠している。まだ微妙に眠たげだった。重そうな瞬きを繰り返しながら手を洗い、薬缶に火をかけてパンの袋を開けるのを目で追った。
「何枚」
「2」
「わかった」
簡潔な応答の後に食パンが2枚、トースターに入れられ閉じられる。勝手知ったる物の少ない冷蔵庫の中からジャムやらバターやらを取り出し、ついでに家主が飲むであろうミ常備されているミルクコーヒーに手を伸ばしたところで「それで」という問いかけに振り返った。シンクに寄り掛かり腕を組む男の目からはもう眠気は追い出されている。
「陽も出ていない内に私の家に来た理由は?」
「花見行くぞっつったろ」
「それは聞いたが」
「他に理由いるか?」
「早朝である必要性を感じない」
間違いなく正論である。そういう催しがあるらしいと職場の人間に聞き、ほとんど衝動のままここまで来たことは何一つ否定出来ないし自分でも何やってんだと思い始めていた。しかしそれを素直に認めるのは癪だったので、「嫌なんか」と答えがわかっている問いを投げる。
思った通り、ムルソーははっきり首を振った。
「今日は休日で特に予定もない」
「じゃあ何だよ」
「衝動を消化する相手は私で良いのか、という話だ」
ただ平坦に、真っ新にこちらを見つめる緑色に言葉以上の意味はないのだろう。責めているわけでも嫌味を言っているわけでもない。居心地が悪いのも脳髄を引っ掻くような不快さも、こちら側の問題だった。
「
…
どうせ暇してんだろ、付き合えよ」
質問の答えになっていないことは相手もわかっていただろうがそれ以上の言及はなく、「わかった」と返った肯定にこっそり安堵した。
流石に時間が早すぎるのと夜勤明けということもあり、朝食を摂った後眠ってしまい起きたら昼過ぎだった。ソファの大部分を占領されても文句も言わず、なんならいないものとして休日のルーティンをこなしていた男を引っ立てて家を出る。よく晴れている日だ。
「人やべー」
「休日だからだろう」
ちょっとした出店が複数出ていることもあってか、園内は桜の木の数より人の方が多いほどの賑わいを見せていた。でけぇ男の二人組は何処に行ってもそこそこ目立つのだが、人が多い分普段より視線は薄いように思う。ちら、と隣を歩くムルソーを見上げる。相変わらず何を考えているのかわからない緑の両目は真っ直ぐ前を向き、時折舞い散る桜の花弁を追って視線を揺らした。楽しんでいるかはそこから読み取ることは出来ないが、少なくとも不快に思ってはいないようだった。それに気を良くして拳で軽く肩を叩く。
「あれ食おーぜ」
「焼き鳥」
「んだよ?」
「貴方は本当にあれが好きだな」
「うるせぇミルクコーヒー野郎」
己よりずっと同じ物を好んで食う癖に何を、と拳でそのまま肩パンをかまし、それは今関係あるのか?とでも言いたそうな顔を無視して出店に近づいて焼き鳥を2本注文した。釣りと焼き鳥を受け取って男の元に戻り1本差し出す。ぱちり、と1つ瞬きをし受け取るまでの間にこいつがやろうとしていることを察し今度は少し強めに肩を殴った。短時間で3回も肩を殴られた男は流石に眉間に皺を寄せ、抗議するようにこちらを見下ろす。大してダメージにもならなかっただろうに一丁前に不服そうな顔しやがる。
「何故殴る」
「今財布出そうとしてたろ」
「私の分は頼んでいなかった」
「いらねぇなら突き返しゃ良いだけだ」
「
…
」
「終わりまでマヌケにそれ持って歩く気か?」
言いながら自分の串に歯を立てた。想像した通りの焼いた鳥肉と、炭とタレの味。飛び抜けて美味いというわけでもないが、こういう場所で食うには丁度いいクオリティのそれを黙々と消費していると、じっとこちらを観察していた男が動き出す。白い歯が覗いて、肉を喰い千切った。受け入れることにしたらしい。
「美味いだろ?」
「それなりに」
口の中のものを律儀に飲み込んだ後にそう言った男に、奢られといてそれかと考えはしたが、したくてしたのだからそう腹も立たなかった。食ってる間は話すことの出来ない男から視線を外し、次何を食うかと周囲を見回す。焼きそばたこ焼きおでん天麩羅、フルーツ飴にビールと祭りにあるようなものは一通り出ているようだ。目移りする。
どうせだしこいつに決めさせるかと丁度喰い終わった串を設置されたゴミ箱に投げ入れ、振り返ったところで同行者がいないことに気づき思考が止まる。ぱっと周囲に視線を走らせ、頭一つ飛び抜けている長身はすぐに見つかった。舌打ちを噛み殺し損ねてすれ違った数人がビクつくのにも構わず大股でそちらに近づいて、呑気にドリンク頼んでいる男に「おいこら」と声をかけると店員の方がビビって肩を揺らした。当の本人はしれっとしている。
「貴方はどうする」
「どうする?じゃねぇボケが。声くらいかけろや」
「少し離れただけだが」
「はぐれたらお前一人で帰るだろ」
「
…
そもそも二人で行動する必要がないのでは」
「うるせぇ」
身も蓋もないことを言い出す男の尻を軽く蹴り上げ、困惑している店員に「こいつと同じやつ」と言ってからムルソーを見ると、緑の目がもう興味を他に移しているのがわかった。全く懲りていない。顳顬に力が入る。奥歯の軋んだ音が聞こえたかはわからないが、店員が「お待たせしました!」と言って飲み物を差し出して来たためそれ以上店の前で問答するのはやめた。鮮やかな橙色。オレンジジュースかよ、という文句は流石に飲み込んだ。
ほぼ同時にジュースを受け取りしれっと代金を支払ったのを確認し、空いてる掌を掴んで歩き出す。ヒースクリフ、と名前を呼ばれたが無視して歩く。悪目立ちするとか相手の方が歩幅がデカくて歩き辛いとかそんなことは全部放り出した。嫌なら振り払えばいい。そうされないであろうことも自覚していた。苛立つ。その受容が、それで満足出来ない自分が。
ここにある全ての食い物を食い尽くしても、じりじりと腹の底を灼く飢餓が晴れないどころか密度を増していくことは思い知っていた。この男と出会ってから今まで、この飢えが消えたことなど一度もない。自分よりでかい掌に握り返して欲しいのか、爪を立てて振り払って欲しいのか、 それすらもよく分からなかった。確かに自分のことなのに。
引かれるがままだった男が歩みを止めたのでこちらも立ち止まらざるを得なかった。心臓が軋む。ヒースクリフ。名前を呼ぶ声からは相手の心情は読み取れない。首だけ振り返ると、平坦な視線がこちらに向いていた。こっちの感情も気にせず、呑気にオレンジジュースのストローを咥えている姿に肩の力が抜ける。
「
………
なんだよ」
「あれ」
「あ?」
「食べたがっていたものでは」
緑の視線を追うと一つの出店が見えた。チーズハットグと書かれた看板を視認し、いつかに交わしたなんてことのない日常の一片を思い出す。ニュース番組くらいしか見ない男の部屋で、気まぐれに垂れ流していたバラエティの特集、美味そうだなと呟いたことは覚えているがそれに応えが返った記憶はない。そもそもがただ脳死で零れ落ちた独り言だ。それを拾い上げて、覚えているだなんて誰が予想できるだろう。飢えが広がる。心の隙間が何かで満たされてむず痒い。
なんでもない顔をして、急に自分が連絡を絶ったところで気にもしないくせに、ほんの些細な言葉を覚えていて他人の心の柔いところを引っ掻く真似をする。そこに望むような意味なんてないことが分かりきっているのに、ささくれた感情が引いていくのだから本当に性質の悪い生き物だった。
深く息を一つ吐いて苛立ちごと抱えた感情を逃す。じっとこちらを見る静かな両目を見返し、掴んだままの掌を引いた。
「お前の奢りな」
「貴方が食べるのに」
「テメェも食えば」
「
…
わかった」
「そんで次はお前の食いたいもんを俺が買ってやる」
「効率が悪いな」
「たまにはいーだろ」
そう笑えば理解し難いな、と呟きながらもやはり拒否されなかったので、思う存分好きにやってやろうと思った。
一通り周り切る頃には陽も落ち始めていた。一応花見という名目でやって来たというのに花そっちのけで食欲を満たした後、申し訳程度に桜の写真を撮ってあまりの馬鹿馬鹿しさに笑った。酒も飲んでないので尚更滑稽だった。
「そろそろ帰っかぁ
…
」
「ところで」
「んー
…
?」
「いつになったら離してもらえるのだろうか」
言われてようやくここまで手を掴んだままだったことを思い出した。特に言及してこないから気にしていないのかと思っていたが表情を見るに「こいついつ離すんだろうな」と考えていたのが透ける。頭からすっぽ抜けていた自分も悪いがここに至るまで何も言わないこいつも大概だ。知り合いに見られたら向こう一ヶ月はネタにされる。嬉々として揶揄ってくる背の高い女の笑い声まで聞こえそうだった。
ずっと握っていたせいで境界のわからなくなった体温を離す。掴まれていた手を摩る男の姿に大人しくしていた飢餓が疼いて、それを誤魔化すためにぐっと身体を伸ばした。まだ食えるな、呟いた声を拾い上げて僅かに怪訝そうな顔をするムルソーの背を叩き、桜が散る公園とは逆の方へと歩き出す。
「マック行こうぜ」
「先程十分に食べたのでは?」
「別腹ってやつだよ」
「
…
栄養のバランスを考えるなら得策とは思えない」
「んだよ食えねーのか?」
「そうは言ってない」
「じゃあ決まりな」
一方的で効率もへったくれもない提案に、やはり否は唱えられない。その代わりにぽつりと落とされる囁きが、飢えて暴きたくなる獣の檻を揺らすのだ。
「
…
次は貴方が奢る番だ」
曖昧な許容、未知の感情、気まぐれに溢れる錯覚、暴力的な飢餓感。かつてただ一人に向けていたそれとは似ても似つかない歪さで、確かに根付いた感情にいつか名前がつくとしても、今はまだこのままでいたいと願った。
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