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tokeyukumikan
2023-04-22 00:46:37
4996文字
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ヒスムル
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いみもない
ヒスムル習作。イベント前に書き始めたのでチキンと三章の間のどこか。捏造しかない。薄目で見てください
当然のように伸ばされた傷の多い男の指先が首元のタイに引っ掛かった瞬間に、ふと思いついた思考を実行したくなった。それだけだ。
始まりは奇妙な邂逅からだった。枝を探す旅路の最中、長時間の移動に飽き腹を空かせた囚人たちの大合唱に青筋を浮かべ、彼らの口を武力で閉じさせることも脳裏に過った案内人がのっそりと座席から立ち上がりかけた瞬間に、やたらと陽気な調子外れの音楽と共にキッチンカーが現れたのは囚人たちにとっては幸運だっただろう。そこらに投げ捨てられたガラクタを規則性もなく貼り付けたかのようなハリボテのそれは、てんで調子外れの奇怪な音楽を垂れ流し横に縦に不安定に揺れながら、停車したメフィストフェレスの手前で止まった。悲鳴の如きブレーキ音を響かせ前に大きくつんのめった拍子に必要なのかそうでないのか最早判別不可能なパーツをガシャガシャ撒き散らしたその不審車が、車内で調理販売を行う移動販売車の類だと判明したのは、フロントガラス全面に書き殴られた「バリーのわくわくハッピーキッチン!」の文字だ。
見るからに怪しいそれを無視しようと提言するものが出なかったのは過ぎた空腹と持て余した退屈に「どうせ生き返る」というどうしようもない慢心が加わった結果で、上司である管理人のダンテと実質的な権限を持つヴェルギリウスが飛び出して行ったドンキホーテを止めようともしなかったのが決定打になった。
バスに残った面々はドンキホーテが肉塊になるか、もしくはキッチンカー(仮)が吹き飛ぶかで賭けでもしようかなどと呑気に話していたのだが(誰もが空腹を少しでも紛らわす何かを欲していただけで、それが本来の役割を果たすことなど欠片も信じていなかった)、五体満足かつ返り血の一つなく戻ってきた彼女の両手に握られた大ぶりの串焼きを見て揃ってポカンと間抜けに口を開けた。
駄目押しでドンキホーテが串焼きを食べて問題ないか観察したものの、特に何の影響も見られなかったため飢えた囚人たちは我先にとキッチンカーに駆け寄った。店主の姿はなく、車の側面に備え付けられた何も書かれていないボタンのみのシンプルな自販機のような機械があった。硬貨や紙幣を入れる場所はなく、「ボタンを押してね!お代はスマイルかありがとうで! ※食材でも可」とかろうじて読める紙切れが貼ってある以外は何も無い。よくこんな得体の知れないもん押したな?と数人が我に返ったが、ロージャがなんて事ないかのようにボタンを押し、軽快なチーン。という音の数秒後に出てきた見るからに美味そうな黒パンのサーモンサンドを見た瞬間に再び思考を手放した。腹が減っていた。退屈だった。たとえこれらが遅効性の毒物だとしても、先に甘露を得て満足気な同僚二人に見守られながら餓死するよりマシだ。『ねぇそれ本当に大丈夫?死なない?』とカチカチ不安げな管理人の精神的負担は投げ捨てられ次々とボタンは押された。
「良いもん食ってんな」
囚人たちがいつ緑色の吐瀉物を吐き出し始めてもいいようにバスに程近い場所で休憩していたダンテがその問いかけに首を動かして視線を向けた先、少し離れた場所に腰掛けて食事を摂っていたムルソーと彼の真横に立つヒースクリフの姿が見えた。シンクレアの故郷での一件から少し経つが、以前と比べて険悪になることも仲を深めることもなく(時折一方的にヒースクリフが怒声を上げることはあったが)基本お互いに対して無関心を維持していたように思う。少なくとも好んで軽口を叩き合うような仲ではないはずだった。物珍しさに思わず二人を観察していると、口の中にあった食べ物を咀嚼し飲み込んだムルソーがほんの僅かに首を傾げて答える。
「
…
品質はどれも変わらないように思うが」
「んなこと聞いてねーわボケ。ハムかそれ?」
「クロックムッシュと呼ばれる、パンにハムとチーズを挟んで焼いたものだ」
「ふぅん。うめぇの」
「人による」
「テメェに聞いてんだからテメェの感想言やいいだろうが」
投げつけた言葉が真っ直ぐに帰って来ない言葉の応酬にいつヒースクリフがキレるか勝手にハラハラしていると、先に会話に飽きたのはムルソーの方だったらしい。見上げていたヒースクリフから視線を外しまだ停車したままのキッチンカーの方を見て「欲しいなら、」自分で確かめればいい、とでも続けようとしただろう言葉は不自然に途切れた。視線が外れた瞬間にムルソーの右手を掴み上げ、あっという間も無くぐあっと大きく開かれた口がクロックムッシュに噛み付いていたからだ。半分ほど食べ進められたそれは更に半分ほどがヒースクリフによって削り取られ、何が起きたのかまだ把握しきれていない幼気なきょとん顔のムルソーを見下ろして、してやったりとガキ大将のような顔で笑う。
「マヌケ」
そこで満足したのか掴んだ手をぱっと解放するとむぐむぐ口を動かしながら来た時と同じように唐突に去って行った。殆ど一方的に絡まれて食べ物に齧り付かれた挙句置き去りにされたムルソーは、彼にしては分かり易く微かに不満気な目でヒースクリフが去って行った方向を見ていたが、まぁいいかというように残ったクロックムッシュを消費する作業に戻る。一連の流れを見ていたダンテは無益な衝突が起きなかった安堵と多少の消化不良を同時に覚え、空腹がイレギュラーを起こしたのだろうと思うことで自分を納得させた。気まぐれと怠惰な無関心がたまたま噛み合っただけの、珍しい交流だったのだと。
しかしダンテの推測は外れた。一度きりと思われた戯れが習慣化したのである。
接触はいつもヒースクリフから。一言二言声をかけ、ムルソーの意識が逸れるほんの一瞬の内に彼の食事の一部を掻っ攫っていく。毎食の度にというわけではなく、数回に一度、特に肉料理の時に発生する強奪の被害者であるムルソーは最初の方こそ解せぬという目をしていたが、三回目辺りからはもう視線すら寄越すことはなかった。本人がこの調子で受け入れてしまったので「意地汚いですよ」「いいんですかムルソーさん」などと苦言を呈した囚人たちも既にスルーしている。最近ではもういっそ合理化を進めることにしたらしいムルソーに、近づいてきたヒースクリフが「おい」と言おうとした瞬間肉団子を口に押しこまれて死にかけたくらいだ。「テメェいきなりぶち込んでくんじゃねぇよ死ぬだろうが!」と理不尽極まりない怒りを見せるのにとても平坦な目で「わかった」と即答したムルソーは、その次からは略奪者が屈んで口を開くまで待ってから口に投げ込んでいた。それでいいんか?疑問を口にする囚人はいなかった。火の粉が降りかからないなら、奇妙な習慣くらい放置したって問題なかろうという暗黙の了解。なんといったって、被害者が被害を訴えないのだから傍観者たちに出来ることなどなかった。
当然のように己を組み敷き身体の上に乗り上げてきた男を見上げた時、脳裏に昼間グレゴールと交わした会話が蘇った。食事の際に顔を寄せて来る人間など今目の前にいる男以外いないと思っていたから、いつもの習慣通りに今日の昼食である焼き鳥を口があるであろう位置に突き込んだのだが、濁った悲鳴が思い描いていた音と違ったのに視線を向けると、背中を丸めて咽込んでいるグレゴールが目に入り何が起きたのかを察した。人違いだった。
咳き込む背中が治るまで待ってからハンカチを差し出すと、突然老け込んだ顔をしたグレゴールは小さく礼を言いかけて、被害を被ったのは自分であることを思い出したように咳払いをしてから受け取った。
先の戦闘で庇ってくれた礼をしたかったのだという男はハンカチで口元を拭いながら苦笑した。任務遂行に必要だと思ったからそうしただけでわざわざ礼を言われるようなことじゃない。そう伝えても「俺が言いたかっただけだよ」と返されたのでそれ以上否定するのはやめた。本人がそうしたいならそうすればいい。話は済んだと思って食事を再開させた矢先に、言われたのだ。「
…
お前さん、嫌じゃないのか?」と。
文脈を掴めず無言で見つめると言葉を選ぶように後ろ頭を掻いたグレゴールは続けた。
「あー、最近ほら、ヒースクリフに食いもん取られてるだろ?あんた身体でかいしその分食わなきゃならんだろうし。嫌なら嫌って言った方がいいんじゃねぇかなってさ」
言われた言葉を反芻し理解して、それが純粋な労りから来るものだと察したがやはり無用な心配だと思った。
「飢えてはいないから問題ない」
「いやそういう問題じゃ
…
あんたがいいならいいのか
…
?」
困惑した様子のグレゴールだったがそれ以上追求することはなく会話はそこで終わった。彼が何をそんなに気にしていたのかはわからなかったが、彼が発した一言が何故か意識の端に残り続けて今に至る。
突如右耳に痛みが走り思考が途切れた。耳の骨にぎり、と強く歯を立てた男は、私が痛みに身じろぐと身を起こして不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「またくだらねーこと考えてたろ」
「
…
口で言えばいいだろう」
「こっちの方が早い」
そんな訳ない、という不満を感じ取ったのか今度は鼻先に噛みつかれた。威嚇程度の力であっても反射で目を瞑る。ふ、と間近で笑う気配がした。相変わらず機嫌の乱高下の激しい男だ。機嫌良く笑っていたかと思えば、牙を剥き出して怒りを露わにする。動物の笑顔の定義と笑いの攻撃性について再び思考が逸れかけて、脚の間に我が物顔で陣取る男の膝が急所を押し上げたことで霧散した。また機嫌が悪化したようだ。ヒースクリフという男は、私が最中に意識を己以外に向けるのを良しとしない。俺を見るなと最初に言った眼で、目を逸らすなと睨め付けてくる。理解が出来ない。矛盾している。
私の意識が自分に向いていることを確認して、当然のように伸ばされた傷の多い男の指先が首元のタイに引っ掛かった瞬間、意識の端に居座り続ける思考を実行に移したくなった。それ以外特に理由はなかった。
「いやだ」
「あ?」
地を這う低い声に跳ね上がった眉、眇められた紫の瞳が如実に苛立ちを表していた。想定内の反応。次は拳でも飛んでくるか、引っ掛かったままのタイで締め上げるか。私に対しては口より手の方が怒りの衝動を消化しやすいことをもうヒースクリフも理解している。暴力より被害の少ない衝動の逃し方を選んだだけで、この行為に愛などない。どちらかが均衡を崩せば簡単に壊れる。
別に本気で嫌がってなどいないが、嫌なことを嫌と言って、それが受け入れられない可能性があることを確認しておきたかった。
怒りの種火を瞳に燃やしたまま、ヒースクリフはただ私を見下ろす。私も特に言いたいこともないので見返した。奇妙な沈黙は数秒続き、そして唐突に終わった。
「
…
嫌だって?思ってもねぇくせに?」
思わず目を見開く私をハッと嗤い、傷だらけの指がタイを引き抜く。
「適当言いやがって、今度は何に影響された?え?」
口調こそ荒く表情も凶暴そのものだが、どうしてか私の脳は男の機嫌が良いと判断を下していた。意図を読まれることを想定していなかったために反応できずにいる私の、自由になった首から胸にかけてじりじりと爪を立てながら「なぁおい」と返答を急かす男の目は怒りではない炎を燃やしていた。ぐっぐっと押し上げる膝の動きも露骨になり、覚えこまされた快楽の気配に無様に上がりそうになる息を押し込めながら口を開いた。
「、ひる、まに、グレゴールが、」
「あぁ、なんかやってたな。んで?」
「っ嫌なことは、いや、だと、言えと、ぅ」
「ふはっ!バッカだなぁテメェ」
それで試したくなって言ってみただけとか、ガキかよ。くつくつと笑う顔は無邪気だが、やっていることは全く純粋じゃない。力任せに引っ張られたシャツのボタンが飛び、仰け反った喉に牙が触れる。触れる吐息が熱い。
そこを強く噛んだ後に吸い付いてから顔を上げたヒースクリフは、未だ状況を飲み込みきれずにいる私の目を覗き込み、あの習慣の始まり、「マヌケ」と言ったあの時の笑みを浮かべて言った。
「本気で言えたらやめてやるよ」
その言葉の意味を問うために開いた口は、笑みを湛えたままの唇に塞がれて飲み込まれた。
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