酷く疲れた帰り道だった。授業もややこしいところで当てられるし、アルバイトは予想外にハードで長引くし、帰路の信号は全部赤だし。頼みの綱の飴ちゃんはアルバイト前にはすっからかんになってしまった。朝ばたばたして補充を忘れた自分を恨みつつ、口寂しさに霞を噛みながら足を進める。そういえば今日は朝からついていなかった。宿題に睡眠時間を削られたせいで目覚ましのアラームを無視してしまったし。おまけに日直だったから朝の挨拶もそこそこに、お師さんの顔もろくに見られないまま家を飛び出したのだ。本当に最悪だ。少しの朝ごはんを優雅に食べるお師さんをテーブルの向かいに座って眺めないと、おれの一日は始まらないというのに。あんまり最悪過ぎて、このままだと宿題を出してきた先生まで祟りそうになってくる。食事は大切だ。おれは水も飲めずに毛布に包まるお師さんの横で、ゆっくり干からびていくごはんをただ眺めていることしか出来なかった。日に日に枯れていく横顔にいくら健康の意義を説いても意味は無く、あの頃食事は殆ど罪と同義だった。そこから、ゆっくりと世界は変わり、奇跡のような復活を遂げたお師さんはまた毎日僅かずつでも食事を摂ってくれるようになった。生きることをやり直し始めたお師さんと一緒に、おれも少しだけど食事を摂る。お人形なのに食べないと死ぬだなんて変だけど、お師さんがそれを望んでいるから。食事が必ずしも幸福と成り得ない二人で、義務だとしても一生懸命腹を満たし合っている。
「‥‥あ、」
良い、匂い。旨い、でも、美味しいそう、でもなくただひたすらに良い香り。やっとのことで辿り着いた部屋の前、白く閉じた扉の向こうから漂う気配におれの腹が情けない程反応した。おれが唯一安心して食べられるもの。適当な食材を丁寧に選んで、適当に適切に煮て焼いた名前の無い料理達。完璧主義のお師さんからしたら有り得ない筈の食べ物を、お師さんは文句も言わずおれの為だけに作ってくれる。見た目重視で腹は膨れないお師さんの食事と、見栄え度外視で絵にも描けないおれの食事。それでも二人向かい合って、冗談めいた献立でままごとみたいな食卓を囲むのだ。
食事は大切だ。栄養は摂らないといけない。だけど、それ以上に大事なのは腹に収まるまでの過程だったりする。一秒前までの憂鬱なんてすっかり忘れて、おれは今日一番元気にドアノブを回す。さぁ、今夜の命は一体どんな味だろう。
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