彼は夜更けに靴音を打ち鳴らしながら、本部に戻ってきた。休んでいる人間に憚ることなく、いつになく存在感のある帰還は扉を開けろと告げている。
よく主人の意を汲む忠実な部下たちにより、両開きの扉はその歩みを一歳妨げることのないタイミングで開かれた。
滑るように無音で走りでた補佐官が、速度を合わせて横につく。屋内で紙に埋もれて仕事をしている彼は、漂う濃い血の臭いに顔をしかめ、汚れた手元から目を逸らした。
「おかえりは明日になると思っておりましたが……」
その物言いに出迎える側にも相応の都合があるという不満を感じて、彼は実戦を知らぬ文官を睨みつけた。飢えを知らぬものが、配給の食事に文句をつけるようなもので、どれほどの重要で火急の知らせを持って帰ったのか、彼には理解のしようがないのだ。夜中の眠りを妨げられ、それを単なる戦場戻りの気持ちの昂りを鎮めるためだと思っている。
泥に足を取られたように補佐官の歩みは遅くなり、そのまま後方に遠ざかっていった。
代わりに最近、傍に置くようになった見習いが、執務室の扉を開いて彼を受け入れた。
早々に手洗い盆に水が張られ、手を突っ込む。指先が凍えるほどに冷たいが、固まった血が溶けるまでしばらくそうしていた。手を清めると、汚れた水が取り替えられ、次に注がれたのは温かいお湯だった。
部下の心遣いにより、心は多少ほぐれた。補佐官とこの見習いの階級を入れ替えてやりたくなったが、現場を知らず実務に専念してくれる人間もここには必要なのだ。
濡れた手がタオルで受け止められる。赤くなった手に塗り込む軟膏は辞した。爪の間や際にまだ乾いた血が残っていたが、それに構う時間も惜しかった。
「今回の指示書と、書き込みがない新しい作戦区域の地図を持ってきてくれ」
クリップで止められた分厚い紙と、それと同じサイズになるまで畳まれた地図が手渡される。テーブルの上のものは乱雑にどかした。そこにはすでにもらった地図と同じものが書き込みをした状態で広げてあったが、古い情報は手にならない。
自分の目で見たものを、新しく地図に書き込んだ。
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