望月 鏡翠
2023-12-14 00:39:44
850文字
Public 日課
 

#1206 「氷山」「死人」「スケート」

#毎日最低800文字のSSを書く

 私は本当のことを知っている。
 滝壺で見つかった死体をみて、世間は連続殺人だなんて大袈裟に騒いでいるけれど、今回見つかった死体なんてのは氷山の一角だ。本当は倍以上の犠牲者がいる。いずれも若くて美しい女性だ。
 あれは、滝壺よりももっとずっと上流にある池に沈められていたものだ。雪が降る前に一度大雨が降った。それで増水して押し出されて流れてきてしまったんだろう。
 いずれ死体に残った傷などから、死体が滝壺に捨てられたものではなく流れ着いたものだということに誰かが気がつくかもしれない。
 そうして川を辿っていくうちに、池を見つけるかもしれない。そうなったら捜査は一気に真犯人に近づくだろう。冬はともかく、夏場に釣りも許可されていない池に、寄りつく人間はいない。
 自ずと容疑者は絞られる。
 私が余裕の顔をしているのは、単なる目撃者であって犯人ではないからだ。向こうが気づいていたならば、きっと口をふさぎにきただろうから、犯人の口から私の存在がバレることはない。
 自己承認欲求を拗らせて、私は話題の殺人犯を知っているんですなんて、口を滑らせたりしなければ。
 数年前から、あの男の異常な執着の一部始終を見ていた。
 殺人鬼であることを知ってから、私は大胆にも彼に近づきさえした。だが彼は無頓着だった。被害者の傾向を見ていて、私が選ばれることなど決してないのだろうということがわかった。
 だから、嫉妬と復讐の代わりに、沈黙を選んだ。
 若くて美しい女たちへの嫉妬。私に見向きもしない殺人鬼への復讐。口を閉ざさなければ、どちらかには利益のある結果をもたらしただろう。だが、黙って事件をただ見過ごせば、どちらをも見捨てたことになった。
 冬になり、池が全面凍結して更に氷が厚くなると、池はスケートリンクになる。冬にだけ賑わうのだ。
 氷の上を滑る。
 私はスケート靴の刃が、選ばれる側の美しい死人の肌をずたずたにするところを想像する。
 そうすれば、心の底から他人に愛を傾けられそうな気がした。