望月 鏡翠
2023-12-14 00:05:57
855文字
Public 日課
 

#1205 「ほうれん草」「掃除婦」「箱」

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 植物には音楽を聴かせるといいなんて言い出したのは、誰だろう。
 それが植物学者でれ音楽家であれ哲学者であれ、あるいはもっと素朴な民間魔女の通告であれ、迷惑なことをしてくれた。
 掃除婦は名前の通りに、掃除を生業にしている。彼女の仕事場は劇場である。油断をすればすぐに蜘蛛の巣が張り、幽霊屋敷になってしまう劇場が〝歴史ある〟〝荘厳な〟の水準からでないように、誇りを払い、虫を追い出し、電気が切れたら交換する。
 いつもは人の気配がない劇場も、公園があるときは賑やかだ。
 建物が息を吹き返したようになる。
 ただしお客様の磨き上げた靴を、箒で掃き清めてしまうわけにはいかないから、掃除婦の出番はない。そういうとき彼女は一人で屋上にいって時間を潰す。
 オーケストラの演奏を聴く特等席はどこだと思う?
 WIP席か指揮者席、それとも会場のど真ん中が、最も計算された音を楽しむことができるだろうか。
 いやいや違う。上だ。
 ホールの上、屋上の換気用の煙突の横だ。
 そこにいると、中の音が聞こえてくる。そこならばお弁当を食べることも温かいココアを飲むことだってできるし、一緒に歌いながら音楽に合わせて踊ることだってできる。お客様にはできない楽しみだ。
 問題はそこに青々とした野菜が並べられていることだ。今はほうれん草。きっと誰も古い劇場の屋上に家庭菜園があるなんて、想像もしてないんだろう。
 ここにある理由はただ一つ。
 音楽を聴いて、育った野菜は美味しく育つと信じられているからだ。
 絶対に気のせいだ。スーパーに並んでいる野菜の方が、美味しいに決まっている。
 他でもないここのオーナーがそうしたいというのだから、彼に雇われている身としては従うより他ない。
 専用のダンスフロアが少し狭くなってしまったのは残念だけれど、今日も畑の片隅に腰を下ろし、一流の演奏に耳を澄ませた。
 私が普段丹念に手入れしている箱は、ちゃんと居心地がいい空間になっているだろうか。覗き込むときの優越感はまるで神の視線だ。