草むらに蹲る塊をみて、熊が出たのかと思って驚いてしまった。幸いそれが熊ではないことはすぐにわかった。熊は季節の終わりに特売の札をかけて投げ売りされている表面がテカテカでカサカサするダウンジャケットなんて着ていないからだ。
もう厚着がひつよな季節ではないのだが、それが必要だということはきっとその人は、まだぐっと冷え込む夜明けあたりから活動しているのだろう。
それを示すように、手元の籠は鮮やかな緑色でいっぱいになっている。
近所に住んでいるおじさんだ。交友はないけれど、有名人だから近隣の人はみんな知っている。あとは悪い意味で目立つからそういう意味でも、周知されている。
変な人だけど怖い人ではないから、変に絡まない様にねと念を押されるのだ。
彼は、この辺りに住む人間はもうなくなってしまった習慣を持ち合わせている人なのだ。道端の草花を採取して食べる。
私たちは畑で育てられた清潔な野菜しか食べない。道端に生えているものなんて、何が掛かっているのかわからないし、何より何を吸って成長しているのかわかったものではない。
それでも季節ごとに目を出す柔らかい新緑を食べられるというのは、少し羨ましい。
彼はそれをよく洗ったあと、アク抜きして、それでも苦くて筋っぽい野草にマヨネーズを絞って食べるのだ。場合によっては天ぷらにでもするのかもしれない。天ぷらにしたら大抵のものは食べられると、何かの本に書いてあった。
その本を書いた人も、そのあたりに生えているものをとってきて食べる人だった。
一度だけ、私は好奇心に負けて声をかけた。
スーパーに並んでいる野菜ではなくて、そのあたりに生えている雑草を食べたくなったのだ。おじさんも同好の士を見つけたら嬉しいはずだと無邪気にも期待していたのだ。
そちらの趣味に歩み寄ってあげる、と確かに私は考えていた。
そんな内心を見透かしたように、彼は唇の端を少しだけ持ち上げて笑い、慣れてない奴が食べるとアクで腹を壊すぞとだけ言った。
だから私は、まだその野趣溢れる味覚に挑戦したことはないのだ。
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