望月 鏡翠
2023-12-04 22:11:10
2345文字
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閑話

ブツメツフツマ/平 均

 七億不思議のことを知らなかった日々を思い出す。
 均があの頃のままだったなら、今回のことをどう受け止めていただろう。
 何も見えていないふりをして、何にも気づいていないように振る舞い続けて自分の世界を守っただろうか。それとも今度こそ、必死に目の前のことを理解しようとしただろうか。
 知る側の認識では、騒動は既に終わっている。同様の事件が学園を揺るがすことはないと、言い切ることができる。
 それは原因となる七億不思議がもういないことを知っているからだ。
 だが今回の混乱を「閉鎖環境で、学園長という影響力のある人物の死に直面したショックで引き起こされた集団ヒステリーもしくは、精神錯乱」と説明されている一般人たちは、違う。二度と起こらないなんてどして確信することができるだろう。
 判子を押されて洗脳状態を経験した当人にとっては、己の正気を揺るがす経験だったはずだ。七億不思議のせいだったなんて免罪符が与えられることもなく、全ては己の行動と罪としてのしかかってくる。
 彼らをどうするべきなのか。
 学園をどうしていくのか。学園長亡きあと、今後どうしていくのか、意見を明確にしているのはエリー党とヤサ愚連だ。
 ブカツ道は、七億不思議の出した被害が大きくて、復旧に追われている。立場としてはどちらに与することなく中立を示していた。
 というようなことを、均は臨時でクラスに編入してきたブカツ道の同級生から聞いた。ブライを同じく中立の立場と考えて、個人の感情としてはどちらに着きたいのだということを探りたかったらしい。
 どちらもなにも、クラス間で意見の対立が起こりかけているということも、今後の学園をどうしていくのかという論争が起こっていることも、その時に知った。話を聞いてみれば納得のいく内容で、むしろ応急手当て的に個々人で対処して、根本的解決も統一的方針も出していないブライの方が、特殊事例であるらしかった。
 呆れたような諦めたような顔に、申し訳なさと恥ずかしさを感じながら、何が起こっているのかを一から説明してもらう。
 均はといえば、ブカツ道の生徒が臨時で編入してくるということも把握しておらず、こんなタイミングで編入生がいたのかなどと呑気に考えていたのだ。
 もしや知らないのは均だけで、改めて語る必要もないから口にしていなかっただけなのではないかと不安になった。あとで日月に聞いてみたが、彼もブライの方針がなんなのか把握していなかった。
 知る限り、会議や投票はないし、上からの通達もない。というよりそもそも知る限りブライには上というものはない。
 横に広がり、そのどこかの端が外部と繋がって連絡をしているのだろう。
 そんな風に考えていたが、もしかするとどことも繋がっていないのかもしれない。あるいは学園長の死によって、つながりは切れてしまったのかもしれなかった。
「学校も、どうなるかわかんないな」
 日月がぽつりと呟く。
 それはどうしようもないことだ。
「今は時間合わせるのも大変だもんな」
 その言葉で思い出したように、日月は鞄に手を伸ばした。
「そう、それで一個考えてることがあるんだけど」
 身についたくせで、右側に置いてしまった荷物を左で取るのはやりにくそうだ。引き寄せたあとも片手ではファスナーが開けにくそうだ。そっと手を添えて、鞄を固定してやる。中から取り出したのは、クリアファイルに挟まったA4の書類だった。
「寮の……申請書?」
 内容を読み込んでいないからなんの書類かわからなかったが、大きな文字だけかいつまんで読んでそう理解した。
「二人部屋に移動しないか?」
 今はそれぞれ一人部屋を使っているが、逢禍学園の学生寮は一人から最大四人まで好きに部屋を選ぶことができる。
「いちいち連絡とって時間合わせて、場所決めてって結構大変だろ?」
 一人部屋を選択したのは、引っ越してきたばかりで一緒に学校に通おうとお互いに励まし合うような相手がいなかったからだ。こだわりがあって一人部屋を選んだわけではない。
 同室相手がいるというのに、少しだけ憧れがあったのも確かだ。
「そうだね。日月は日常生活もままならないみたいだし」
 揶揄うように語尾を跳ね上げる。
 日月の手からペンケースを取り出し、代わりに自分と日月の名前と、今所属している部屋の号室を記入した。
「別に生活していく分には、困ってない」
 顔を背け、ぼそぼそという。唇が尖っている。
「どのくらい休めば治るの?」
 スポーツに馴染みがない均は日月の腕がどのくらいの容体なのか、見たところでわからないし治るまでの時間も検討がつかない。
「一ヶ月くらい」
「全然駄目じゃん。何やってんだ!」
 思った以上に長かった。せいぜい血が出ているところが治れば大丈夫だろうくらいに考えてた均は、己の考えが甘かったことを思い知る。
 それと同時に、あのときの日月がどれほどの無理をしていたのかも、よくわかった。
「仕方がないだろ、七億不思議のせい」
「そうかもしれないけど」
 次は一人で戦わせて、あんな目には合わせない。
「じゃあ、時間はたっぷりあるし、作戦会議と反省会ってことで」
 部屋を変更する届出は、非常事態だから受理されないかもしれないと思っていたが、思ったよりもつつがなく承認された。事務はいつも通りに動いていたらしい。
 あるいは生徒であれ講師であれ、望むのならば止めはしないというブライの基本性質のせいであるのかもしれない。
 隠して二人は、同じ部屋になった。
 引っ越したあと一年もいなかった、自分の部屋を後にする。
 一人っ子だった均にとっては初めての、他人と暮らす経験だった。