望月 鏡翠
2023-11-14 01:43:05
3214文字
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3、烏とその仲間

ブツメツフツマ_大変/追食 ひもす

 烏が警告で嘴を鳴らす。屋内に雪しか連れていかないのはこれが理由だ。
 鳴き声を上げると敵に気付かれてしまうから、声ではなくて嘴を鳴らす音で敵の存在を知らせるように訓練している。指で合図して同行者二人にもその存在を知らせる。
 目視できる距離に接近した。その正体は判子ではなく七億不思議だ。混乱に乗じて学校内にいくつか紛れ込んできているらしい。あるいは、生徒の誰かが命を落としただけなのかもしれないが。
 近くに逃げ遅れた一般人もいた。判子の効果を受けているわけではないらしい。被害を受けていない人間は、逆に厄介だ。正気の人間の前では相変わらず隠し事だ。そんなことを言っている場合かとも思うが、一般人に開示していいとは言われていない。
 一応避けた方がいいだろう。
 同行していた佐東と五乃に目配せをする。
「目眩しはできますけど、どうします?」
 烏一匹では攻撃力に欠ける。
「俺の出番でしょ。あの子も助けてあげないとだしね」
 佐東が前に出る。
「周りの雑魚を片付けてるよ」
 五乃の頭上で、天井を平面状に這い回る竜の見た目をした標本が呼応するように動いた。建物の壁や天井といった平面に潜り込むことができるから、大きさを縮めないまま、戦闘行動をとることができる。隠匿性も十分。敵を見つけたときの展開も早いまさに屋内戦むきだ。
「私は外の判子を潰して、上の報告を聞いてきます」
 窓を開いた。視界に収めれば外で待っていた烏も判子を払うのに加わることができる。学園長の本体の居場所の情報が集まっていないか、烏に聞きながら雑魚を払った。外で鳥が騒いでいれば、多少の目眩しにはなるだろう。
 まあ、人間の不安を煽る可能性も否めないが。
 雪を介して烏に指示しつつ、横目で佐東の方を見る。三年の先輩だ。まさか遅れをとることはないだろうが、彼が一般人を前にして、どう祓うのかには興味があった。
 佐東は前髪をかきあげながら、七奥不思議に近づいた。校内を走っていた体には汗がにじみ、光を受けてキラキラと光る。
「遊び相手が欲しいなら、俺がいるぜ」
 サングラスをずらして、ウインク一つ。
 顔を赤らめる女子生徒と、成仏していく七億不思議。
 麗しい顔面に性別も生死も関係ないらしい。
 近接。対人特化。一般人の前でも祓いに制限が掛からない。身一つで為す見事な祓いだ。
 口笛を吹いて驚嘆を示す。
 佐東は驚いて転んだ拍子に足をくじいたらしい一般生徒の怪我を見ていた。ひもすから見ればそのくらい立って歩かせろ、と思うが自然に抱き上げる。
「この子、安全なところまで運ばないとな」
「あー、そうですね」
 外の烏に情報収集を頼み、一番近くの避難所を探す。
「近くの空き教室に何人か集まってるみたいです。そこなら教員もいるから平気でしょう」
「暇だから、道中のは片付けておいたよ」
 指差したのは空き教室に、向かう方向だ。もう判子や七億不思議を片付けてきたらしい。校舎の中は、やけに静かになっていた。
「お二人とも、仕事が早くて助かりまーす」
 こちらも協力を願った分、役に立つところを見せなければいけない。まだ学園長は見つからない。手数が足りないのなら増やせばいいだけのこと。
 雪以外の烏たちには、各々の生活がある。生活の面倒を見てるわけではないのだから、彼らの生活も邪魔をしたくはない。そうも言っていられないらしい。非常事態には非常事態の対応がある。少しだけ無理をしてもらおう。
 集まっていた烏がギャアギャアと声をあげる。空高く舞い上がり、旋回し、仲間を呼ぶ。
「じゃあ、みんな無理はしないでね」
 目の届かない場所にいる間は、ただの烏なのだから。襲われたら危ない。
 指先を振り下ろす。旋回していた烏が学園の敷地に広まっていく。雪が通訳がわりに、ひもすの隣に戻ってきてくる。声を聞く。
 見逃しなく、隅々まで。
 やがて、鋭い叫び声が上がった。連鎖し、ひもすの元まで戻ってくる。
「見つけましたよ」
「俺はこの子を送り届けていい?」
「もちろん。向かいながら作戦を練りましょうか」
 一般人を連れたままではこちらも動きにくい。 
「せっかく学校の中にいるんだから、地の利を生かして戦えたらいいんですけどね」
「相手、学園長だからね。数年しかいない生徒より詳しいんじゃない?」
 五乃が肩を竦める。
 祓魔師などをしていれば、いつか身内に刃を向けることになるとは思っていたが、まさかこんなに早いとは。
 たとえ家族や師弟、友人関係であっても、七億不思議に堕ちたのなら祓い滅されるのが必定。それを二度殺す罪と受け止める者もいれば、救済と納得させる者もいる。
 個々人の感情としてどう受け止めていたとして、それは祓魔師の義務であり、どんな動機であれ正しいことだ。
 だが、学園長が七億不思議になっていた場合、誰がこの振る舞いを肯定してくれるのだろう。
 人の大半が見えない存在との戦いを、法が肯定してくれるわけがない。
 全てのドッ祓いは、法による規律のない闘争であり倫理による答えの出ない殺害だ。
 七億不思議は人に害を為す。だが、人に害を為す者イコール個々人の判断で滅していいものにはならないのが、人の世の面倒なルールだ。
 人を殺す獣も更生の余地がない極悪人も、法が良しとし、その許可を与えた者が執行することで初めて命を奪うことを許される。市民による私刑は、正当防衛でしか許可されない。
 それも相手の行動に対してやりすぎれば罪となる。
 一般人に七億不思議のことが隠されているのは、このあたりの面倒な議論を社会で起こさないためというのもあるのだろう。元々が人間だった個体もあり、意思疎通ができるとなれば、公になった瞬間に面倒な社会問題が噴出することは目に見えている。
 だが、例え世の中で反対意見が湧いたとして、学園があれば学園がその意見を受け止めてくれる。組織がありそこに属していれば、そのトップが責任をとってくれる。
 学園長不在の学校は、今組織として存続の危機にある。一般人に七億不思議のことが露見するリスクも背負っている。
 見えない者であるなら、過去のドッ祓いを証明する術はない。遡って追及されたところで、ひもすは証拠がないとシラを切り通す。
 だが、今ここにある脅威に対して、しかもその身元が明らかである存在を祓うことについて、学園はしっかりと責任をとってくれるだろうか。
 大変よくできましたの判子は、今は見えない。
「人を褒めてる暇があるなら、責任ちゃんと取って欲しいんですよね。大人ならさ」
 大人に褒められて言われて喜ぶ青臭さは、もう失ってしまっている。
 それよりも気になるのは世相のこと。だから、顔を見知った人間だったことを祓うことに少しも躊躇いはなかった。
 怪我人を送り届けるついでに安全なところに避難して、しばらくの休憩を取る。
 スマホに通知が届いていた。送ってくる人間にほとんど心当たりはなく、確認する前から平だろうとわかった。
 想像した通り、メッセージが届いている。
『日月の居場所、知りませんか?』
「あっは!」
 思わず声を上げて笑ってしまった。本当にあの一般生徒はひもすが想像した通りに振る舞う。隠されていたものを知ったくらいで自分が知った側になったと思い込む。
 力ある人間に情けを乞い、その善良さに期待するしかできない、可哀想でかわいい非力な無能たち。
 ——ほら、見捨てられたでしょ
 メッセージを返しはしたが、飼い主に見捨てられたペットを探すためにわざわざ手駒を裂くつもりはない。
(こっちはこれから大詰めなんだよね)
 同じ急造のチームでも、あちらは瓦解しこちらはうまくやっている。
 学園長を倒し、平和を取り戻したらそのときは改めて、逸れた友達でもなんでも探してやろう。