望月 鏡翠
2023-10-25 22:42:02
1719文字
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1、ようこそ、まだ何者でもない君

ブツメツフツマ/平 均

 絶都市に越してきたのは、中学校を卒業してすぐの春休みだ。高校受験の際にはもう、引っ越しする旨が伝えられていた。
 第一志望は家から通える絶都市の公立高校で、逢禍学園はもしものときの保険のつもりだった。いくら子供といっても、両親が私立の全寮制高校への入学を歓迎していないことくらいはわかる。
 だが、人が集まる大都市の進学校である。倍率は均の想像以上に高く、平均以上の学力は持ち合わせない均に、合格通知は届かなかった。
 落ちた学力レベルの均が、特待生になれるわけがない。
 一応県外の別の高校という選択肢もあったのだが、いずれにしろ私立である。遠くで一人暮らしさせる不安と家賃や交通費のことを考えれば、多少高くつくものの生活の面倒を見てもらえた方がまだしも安心だと思ったのだろう。
 こうして均は、多少の紆余曲折は経たが、逢禍学園になんとか滑り込み、絶都市の市民となったのである。
 今まで住んでいた駅前の商業施設だけが売りどころの新興住宅街よりも、歴史が古く由緒ある絶都市への転勤は、父からすれば栄転ということになるのだろう。
 高校進学を機に進路が別れバラバラになるのは元からのことだったから、均としても親の都合に振り回されたとか、友達と別れて寂しいという感じは少なかった。
 今まで、自分のことを田舎者だとは思っていなかったがベッドタウンと公立校で育った均は、本物の都市と都会の進学校を目の当たりにして圧倒されていた。
 校風も規模も生徒も教師も、何もかもが違う。
 特待生には住居と金銭面のサポートがあるというだけで、公立校にはありえない破格の待遇である。とはいっても、成績優位者ではない均は親の脛を齧っている身で、豪華で綺麗な校舎が少しだけ後ろめたい。
 最初はリベラルな校風に圧倒され、エキセントリックな生徒や教師に戸惑った。だが、古い街の学校らしい堅苦しい制度も残っているらしい。
 門限制度などがまさにそれで、高校生になったのに受験に備えて塾に通っていた頃よりも帰宅時間が早い。
 どうしても外出する場合は、非常勤講師の同伴を受けること。だからだろうか、非常勤講師が、教員に負けずとも劣らないくらいの人数がいる。
 ガイダンスを聴きながら、頭の中にあった学校生活との違いに戸惑う。
 入学までに所属するクラスを決め、そこの寮に入る。生徒の側で自由に決められるのは、授業は選択式でカリキュラムに影響がないからだろう。
 本当に、誰にも聞かずに自分で行きたいところに行っていいのだ。
 ブライを選んだのは、消去法的な無難なところを探したらそこしかなかったからだ。
 どこに行ってもきっとそこそこに馴染み、そこそこに浮く。先頭集団の少し後ろの塊が均の定位置だ。
 己が何者だと声高に叫ぶほどのものはない。
 いや、俺はそこまでじゃないんで……がつい口から出る。
 グレーのクラスリボンは一番しっくりと来た。
 目も眩むほどに色とりどりのクラスメイトたちは、みんな己が何者なのか、自分で決められるのだろう。クラスカラーを身につける前からどこの所属かちゃんとわかる。
 いかつい雰囲気がある人たちはきっとヤサ愚連、春休みにも関わらず折目正しい服装を心掛けているのはきっと
 均の近くに話にきた如何にもスポーツ少年らしい一団は、きっとブカツ道だろう。スポーツマンは体格が良くて、中学生の子どもっぽさを早くも置き去りにして、高校生らしくなっている。早い人はもう髭だって生えている。
 隣に座っていた男子が応じて立ち上がる。
 視界の端に、紅葉。
 季節外れに鮮やかな赤い髪の毛だ。
 立ち上がった拍子に荷物が肩を掠めて、振り向いた男子と目が合う。レンズ越しの目は夏の葉と同じ色だったが、目つきが鋭いから氷のように感じた。
……ス」
 圧縮言語と小さな礼を返して、立ち去る背中は均より少し小さい。眼鏡のつるにスポーツ用の滑り止めがついているあたりが、スポーツマンらしかった。
 きっと同じクラスになることはないだろう。
 好きなところに行ける。所属は好きに変えられるらしいが、何者でもないものは、たぶんずっとこのままだろうから。