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望月 鏡翠
2023-06-23 20:09:00
6474文字
Public
単発創作
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双子様
skebご依頼品
僕たちが瓜二つの顔を持って生まれたことを、これほど感謝したことはなかった。
季節は五月。
梅雨になる前に滑り込んだ小さな島は、既に夏の匂いがする分厚い雲を背負っている。空は青い。栄養豊かな海は青を通り越して、深みが黒く見える。船が残した白波が、人の通ったあとに飛行機雲のように線を引いていた。
「ようやく島が見えましたなぁ」
船長は、予約も事前連絡もなしに船に乗せてくださいと言ってきた僕たちに、とても親切に接してくれた。荷物を濡れない場所にしまって座る場所を用意して、船酔いはしないか、海の単調な景色に退屈していないかと、あれこれ気を回してくれた。
退屈なんて、とんでもない。
海といえば夏休みにいく海水浴場が定番だった。灼けるような砂とごった返す人。割高で味はそこそこの食事。足先だけ浸かる生温い海水。あまり生き物がいない濁った海だ。
だが船の上から見下ろした海は、色は深いが透明で係留に使っているロープが垂れている先を目で追うと、驚くほど透明で深いところまで見えることに驚かされる。
船が出発したあとの水面は、太陽の光を浴びてキラキラとしていた。
どこから来たのかというお決まりの質問に始まり、旅行者なのか聞かれ、二人の顔がそっくりで、服が違わないと見分けがつかないことについて。
「そうか、あんたら双子かぁ」
船長は心の底から嬉しそうに笑った。
この旅は、よく言えば楽観的で悪く言えば計画性がなかった。行けばなんとかなると思って、調べもせずに現地に向かった。港までは公共交通機関でなんとかなった。グーグルマップの導くままに指定された乗り物に乗り換えていれば到着できた。
問題は港から先だった。
島に渡る手段は、どうやら数日に一回出る定期船だけらしい。船を乗り過ごしてしまったら、交通手段がない辺鄙な島に、どうやって辿り着けるのか。
親切な船長がいなければ、初日からバイト先に遅刻の連絡をすることになっていたかもしれない。せっかく楽に稼ぐアルバイトを見つけたのに、現地に到着できずに不参加なんて、悲しすぎる。
僕たちは今日から一週間、島に新設された宿泊施設でモニタリングテストのバイトをする。一週間ホテルに泊まってもてなされて、設備がどうだったとかご飯がよかったとか悪かったとかを評価してくればいいだけの、簡単なお仕事だ。しかもお金がもらえるなんて、破格すぎる。
こんな好条件のアルバイトなのにまだ応募枠が埋まっていなかったのは、募集要綱に加えられていた奇妙な条件のせいなのだろう。
『双子に限る』
おかしな条件だ。
宿泊プランが二つありなるべく条件が同じ人に体験してもらった上で、結果を比べたいと理由が添えてあった。だから双子であるだけでなく、なるべく同居していた二人がいい。僕たちはこのおかしな条件にぴったりだった。
同居していたし、何より突然リゾートに一週間招かれても困らない。暇を持て余してお金がない恋人もいないの三拍子が揃ったモラトリアム。
島の港に着くとホテルのスタッフらしき人が出迎えてくれた。定期船に乗れなかったのに、どうして到着がわかったのだろうと思っていたら、船長が連絡しておいてくれていたらしい。とても優しい人だ。
帰りもこの人が載せてくれたらいいのに。
船から荷物を降ろすのも、自分でしなくてよかった。今回の担当者だという人に説明を受けている間、運転手の人が全部やってくれた。
小舟から降りるとき、足元がぐらぐらして海に落ちるんじゃないかと思った。手を握ってもらわなかったら、転んでいたかもしれない。
ひやりとした。
モニターを終えたあとのレビューに、船から降りるところをちゃんとして欲しいと書いてやろうかなと思ったけれど、そもそも今回の船旅は正式なルートではなかったのだ。定期船にはきっともっと立派なタラップが付いているに違いない。
僕が海に落ちそうになっていたのに、兄は平気そうに一足でタラップを踏みしめ桟橋に着地した。
僕たちは顔はよく似ているけれど、中身は似ていないのだ。
小さなバンに乗って宿泊施設に向かう。
道中は町の中を通り過ぎたけれど、民家と畑と電柱と老人。それくらいしか目に入らなかった。お店らしいものが一つもない。
車はやがて山に入り、山頂に近いところまで登ったと思ったあたりで止まった。
大きなホテルを想像していたけれど、そこは小さな民宿だった。僕たちは顔を見合わせて、お互いの言いたいことを確認した。すこしがっかりした。
でも中はとても綺麗で、近代的だった。全てのものが真新しい。自分たちが一番最初に使うのだと思うと、いい気分だ。
「あんた、体少し大きいね」
案内の人が声をかけたのは、兄の方だった。僕は俯いた。俯いたあとに、顔が同じであることをちゃんと見てもらった方がいいと思って顔を上げた。
確かに、兄の方が少し大きい。運動神経もいい。
でも顔は一緒だ。そっくり同じにできている。
「二人とも本当によぉ似てるね。鏡写しだ。双子様だね」
船長と同じように、嬉しそうな顔をした。双子様という言い方は面白かった。兄弟だったら兄弟様で姉妹だったら姉妹様、夫婦だったら夫婦様になるのだろうか。
港からここまで、出会った宿の人は標準語に寄せようとしているけれど、言葉がなんとなく訛っている。それが僕たちには微笑ましく感じられた。高齢化が進んでいるのか、みんな老人だった。
「ではお兄さんはこちらにしましょう。大きい方がいいですからね」
何度も確かめるように頷きながら、宿の人は部屋に案内してくれた。プランによって部屋も分かれているから、二人で同じ部屋に泊まることはできない。てっきり部屋の大きさが違ったり内装が違ったりするのだろうかと思ったが、全く同じ形だった。
壁一枚挟んで対照的な部屋。
布団は夕食のあと敷きにきてくれる部屋には比較的豪華な内湯があった。共同の露天風呂もあるが、整備中で今は使えないらしい。モニターの意味はあるんだろうか。
ご飯は三食。到着したときは昼時で、船長が到着したときに連絡しておいてくれたのだろうか、すぐに食事にありつくことができた。
島だから魚だと思っていたけれど、出てきたのは鶏肉だった。魚を食べたい口だったので少しだけ残念に思ったが、口に入れると魚より肉の方がいいという気分になった。やっぱり肉の方がいい。
滞在中、やらなければいけないことはない。ただお風呂や食事は必ず戻ってきて、宿で取ること。他の時間は、好きに過ごしていい。
過ごしていいと言われても、娯楽施設があるわけじゃない。
せっかく旅行にきたのだから島の中を歩き回ってみることにした。
兄の様子を見にいくと、疲れたから寝ると行って部屋の座布団を枕にして横になっていた。兄のご飯は鶏肉ではなかったらしい。器も違った。
プランの違いは料理の違いなんだろうか。
少なくとも兄の食べた肉は、鶏肉ではなかったらしい。うらやましい。
眠くはなかったので、島の中を散歩することにした。知らない町を歩くのは楽しいから。
だが本当に島には何もなかった。
歩き回っているうちに酒屋と文房具とスーパーが一緒になった、ざっくりとした意味での商店を見つけた。お店の人は僕をみて、他の人と同じように双子様と話しかけて笑った。
ここの人たちは、何をして生活しているのだろう。そんな疑問が湧く。
宿の人は宿で働いている。あとは魚でもとっているのだろうか。アルバイトの募集のチラシを見た雰囲気だと、デジタル化も進んでいるわけでもないみたいで、実は世界とつながっていてみんな自宅でIT系の仕事をしているなんてこともなさそうだ。
そこで携帯を見て、恐ろしい事実に気づいてしまった。この島は、電波がほとんど通じない。宿にいる兄に、どうやって連絡をとったらいいだろう。
島では公衆電話がまだまだ現役である。商店の入り口に近いところにカウンターではなく店内に向いて固定電話が置いてあったのも、借りる人がいるからだろうか。
もしかして、一週間も時間を潰すのはかなり大変で、帰る頃には二度と来たくないなんて考えてしまっているのかもしれない。
いやいや。
頭を振って考え直す。
遊ぶ場所がないからつまらないなんて、良くない。この島に来る人は豊かな自然とか、穏やかな生活とかそういうのを求めているんだ。
レビューもそういう観点でするべきだ。豊かな自然を楽しみに行こう。
せっかく海が綺麗な島なんだから、ビーチとか。
港には錆びた地図がある。縮尺は正しくない。形は簡略化されている。
僕たちの宿は、そこには載っていなかった。看板が建てられたよりも、あとにできたからだろう。車で通ったルートを考えると、山の上にあるはずだ。錆と古くなったペンキが粉っぽく剥がれる看板に指が触れないように、道を辿っていく。
宿があるはずの場所に、何かのマークがある。神社の鳥居に似ているけれど、形が違う気がする。錆が酷くて、添えられている文字は全く見えない。ただ、空き地に宿を建てたというわけでもないらしい。温泉があったし、昔何か別のものがあったのだろう。
海に行く道を探す。
船をつける港に砂浜はない。人がいるところから離れた方が良さそうだった。小さい島といっても、町を出るには結構な距離を歩いたが、ようやく浜が見える場所を見つけた。
海に降りる道もある。
ただ、その脇に汚い小屋が立っていて、妙に近付き難かった。
海の家にしては古くて小さい。古い倉庫だろうか。台風が来たら吹き飛んでしまいそうな、時代劇の中から出てきたようなみすぼらしい小屋だ。
中に何かいるような気がして、不気味だった。汚れて中が見えない曇ったガラスの奥から、誰かが見ているのかもしれない。
そんなのはきっと気のせいだ。知らない土地に来て周りに人がいなくてとても静かだから、そんな風に思ってしまうだけだ。知らないから、怖いんだ。
早く脇を通り過ぎてしまおう。
そう思ったのに、足を止めてしまったのは、知らなくてもいいことに気がついてしまったからだ。ドアの周りの土が踏みしめられている。砂埃が取手の周りだけない。木は色が深く滑らかになっている。
頻繁に人が出入りしている痕跡がある。窓は汚れているけれど、蜘蛛の巣なんかもかかっていない。
なんでこんなに怖くなっているんだろう。強く不安は、なぜだか本当になる。
ぎぃとドアが開いた。ゆっくりと。
髭だらけの野人のような男が、小屋の中から出てきた。
「ぎゃ!」
僕は悲鳴を上げて、後ろに転んだ。
「あ、誰だお前」
逃げ出さなくて済んだのは、その人が心の底から迷惑そうな顔で僕を見たからだ。
大騒ぎして迷惑なやつだ。うるさくて失礼なやつだ。そういう顔をしていた。
その顔を見て、この人は常識的で普通の人なんだというのがわかった。
だから怖がって転んで、しかも悲鳴まであげたことが恥ずかしくなってしまった。失礼な態度をとってしまった。一人でなければこんなに心細くなかったのに。
兄が一緒に来てくれないからだ。
「お前、もしかして、祭りにきたのか」
男は僕を睨みつけて、怪訝そうな顔をしたままだ。
「祭り? え、いや、違いますけど。宿のモニターです」
お祭りがあるなんて知らなかったし、宿の人も言っていなかった。でもあるなら嬉しい。屋台とか出てくれたらいいのに。
あるなら宣伝してくださいとレビューに記載しようか。
その人は言葉に訛りがない。普通に喋る普通の人だった。しかも若い人だった。
よそ者だから外れに住んでいるのかな、なんてそんな田舎特有の嫌な人間関係の手触りを覚えた。せっかく旅を楽しむ気持ちでいたのに、急に現実を突きつけられた気分になってしまった。
できればこの嫌な気分を持ってくる人から離れて、早く浜に降りて行きたいと思っていた。そうでなければ、宿に戻りたい。浜に降りたら、帰りもこの人の小屋の傍を通らないといけない。その時点でビーチで楽しむ気持ちは萎えていた。
「帰れ」
「言われなくても帰りますけど
……
」
そんなこと言われる筋合いもないじゃないですか。
そう言葉を続けるつもりだったのに、途切れてしまった。
急に肩を掴まれて、覆いかぶさるように押さえつけられて息が詰まったからだ。
黄ばんだ歯が見えた。肩に指が食い込んで痛かった。息が荒い。男は臭かった。何日も洗っていないような服を着ている。気持ちが悪い。
怖い。吐きそうだ。
「お前、双子だろう」
男を振り払おうとする手が止まった。
「なん、なんでそれを」
いや知ってるはずだ。求人を出していたのだし、みんな僕たちを歓迎してくれたってことは、島の人たちも知っているということだ。
ここは小さな島なんだから、村の中で起こったことはみんな知っているんだ。
「村の連中に騙されてる。片割れを取られるぞ」
「取れられるってなに」
「別の部屋だろう。片方だけ別のものを食わされただろう」
それは、だってコースが違うからだ。
「港に、男が待ってただろう。定期船は使わなかっただろう」
「だって、だってそれは」
島に渡りたい日と定期船の航行日がずれているから、仕方がなかったんだ。
「わざと定期船のない日を指定したんだ。待ち構えたようだっただろう」
「お前らが、最初じゃないぞ」
男が肩を押さえる力が強すぎて、地面に膝をつく。
今にも噛み付いてきそうな勢いだった。
「お前らの前に何人もいた。今年は祭りの年だ。双子がたくさんくる。定期船は外の人間が運営してる。使ったらバレる。行きは二人、帰りは一人。お前片割れを取られたあと、相方は先に帰ったって言われるんだ。だが帰ってこない。前のやつは三日前に来た。もう宿にはいないぞ。どこに行ったと思う」
「は、放してください!」
僕は、男の人を突き飛ばした。体の下から抜け出すようにして、宿に走った。
意味がわからない。
きっと頭がおかしいんだ。
頭がおかしいから、町から追い出されているんだ。
「俺も、取られたんだ。帰ってこない。帰ってくるまでこの島から抜け出せない」
逃げ出す僕の背中に、男が叫んだ。
「逃げろ! お前も早く逃げろ」
逃げろって、どこに。
船もないのに。
走りすぎて肺が痛い。胸を押さえながら、必死に走る。宿は遠かった。海から一番遠い場所にあった。山を登っているうちに、だんだんと足が遅くなって次第に徒歩の速度になった。走ることを諦めて、息を整えながら歩いた。
体は汗だくだった。
あの人はきっと、村中の人から嫌われているんだ。あんなに汚いから、町に出てこないんだ。
それなのに、どうして僕が宿に来た双子なんてことを知る機会があったのだろう。三日前に別の双子が来たというのは本当だろうか。
宿の人に聞けば、わかることだ。あるいは、島の他の人でもいい。
だけど、それがなんだか怖いような気がした。
あの男の人とあったことを、知られてはいけないような気がした。帰りたい気分になっていることも、知られてはいけないような気がした。
今はただ、早く兄に会いたかった。
(もしバレたらどうなってしまうんだろう)
瓜二つの顔を持って生まれたことを、これほど幸運に思ったことはない。だって、このバイトに応募したときだって確認されなかった。
生まれた年が違うことを、確かめられなかった。
こんなことになるなんて、思っていなかったんだ。
なるべく似た二人を泊めて比べたいというだけならば、双子もよく似た兄弟も変わらないんだから、別にいいと思ったんだ。
僕たちは双子じゃない。
こんなことになるなんて、思っていなかったんだ。
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