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望月 鏡翠
2022-10-08 19:43:23
2974文字
Public
二次創作
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テキサスのお子様ランチにはガンのおもちゃがついてくる
「when life gives you twins, shoot bullets」試し読み一話
実に不運な水曜日の始まりだった。だって水曜日だぞ、信じられるか。平日のど真ん中だ。その時点で、もう気分はどん底じゃないか。
この一日に繋がる最低は、三ヶ月前にエージェントから仕事の打診があったときにはもう始まっていた。断ればよかったんだ。
だがこの世の大抵の仕事はそうなのだが、仕事として掲げている以上できない理由があるとき以外は、受けなくてはならないのだ。断固とした態度でノーと言わなかったツケを、今日支払っている。
いきなり鼻面を殴られた。
目蓋の裏で光が散る。それと一緒にギラギラとした装飾が、視界でちらちらする。
いきなり人の顔面を殴り飛ばしてきたその男は、おそらくはオーダーメイドでキツくもゆるくもない上等な仕立てのベスト付きスーツを着ていた。衣服が演出する上品な雰囲気を、台無しにする下品な金色で全身を飾り立てていた。
タンジェリン、と男は名乗った。いや正確には名乗っていない。隣の黒人の男にそう呼ばれていた。フルーツか何かだっただろうか。馬鹿らしい名前だった。
俺が西海岸の生まれなら、どうしてオレンジでないのかが気になっていたに違いない。まるで故郷のオレンジが否定されたような気持ちになり、相手がいきなり殴りかかってくるような男であることを忘れて、詰め寄っていたに違いない。
その先に待ち受ける未来は死。うるせぇと罵られて銃で打たれてジ・エンドだ。
幸いオハイオ州生まれの俺には関係がない。果物に思い入れを持っていなくて、本当によかった。
だが、オレンジによる死を回避したところで、柑橘類による危機を脱したわけではない。
殴られた勢いで項垂れる。痛みに呻き、体に力が入らなくなる。自慢じゃないが、殴られてピンピンしているようなタフな男ではないのだ。目の奥の方から温かいものが溢れてきて、鼻血は膝に滴り落ちてズボンと膝小僧を赤く濡らしていく。
喉の奥に鉄錆の味と生臭さを感じて、吐きそうになる。
タンジェリンはもう一発殴ろうとしているように見えた。
二度も鼻を殴られたら、骨を折りかねない。もう拳を振り上げていて、殴られてもおかしくなかったのだが、隣の黒人の男が止めた。レモンと呼ばれていただろうか。緊張感のないコードネームだ。
「おい、おいおい待て。どうして殴った。話を聞くんだろ」
レモンのツッコミは、もっともだった。
「長過ぎるだろ。どこから聞かせるつもりだ。ホビット庄か」
色男の装いに似合わぬ短気さで、苛立ったように指先でこめかみを叩いた。
「なんだよ、それ」
「指輪物語だ」
「指輪物語は知ってるさ」
正確には、指輪物語の冒頭にあるホビット庄に関する長過ぎる世界観説明。転じて長過ぎる話の前置きのこと。と補足してやった方がいいだろうか。俺は賢明なので、一度下ろした拳をもう一度振り上げかねないような口は、挟まずにおいた。
「読んだことあるのか?」
「ある」
見た目によらず、文化的な側面もあるらしい。人殺しを仕事にしている男が、有名児童ファンタジー文学を読んでいる姿を想像すると少しだけ間抜けで笑えた。
「俺はないぞ。どこで読んだ」
「覚えてない」
「家にはなかっただろ」
「なかったかもな。いいだろその話は。お前は機関車トーマスでも見てろ。本題はこいつのバカみたいに長い話だ」
推測するところの、こいつらの依頼内容。
俺を殺すこと。話を聞きたいのはついで。その理由は背景事情の判断。自分たちの置かれている状況を正しく理解しようとするのは、裏家業に従事する人間が生きるために必要なことだ。
腕利きなのだろう。この長々しく続く無駄話を除けば。
こいつら、本当に仕事をする気があるのか。
「どうしてそんなに気が短いんだよ。話が聞けるならなんでもいいだろ」
レモンは両手を広げて、大袈裟に呆れてみせた。
「無駄が嫌いだ」
「無駄が嫌い?」
横の黒人が眉を跳ね上げる。
呆れた。信じられない。お前がいうか。その顔にはそういうニュアンスが、含まれていた。
「これを見てもそれが言えるか」
背後に回り込んだレモンが何を示しているのか、見えない。見えないが視線は下の方を向いている気がする。
タンジェリンは、最初応じなかった。だが何度も手招きをされて、仕方がなく背後に回り込みその部分をみた。
「何が言いたい」
「おかしいだろ」
「どこが」
「なんで手錠のあとに、結束バンドで止めた」
「親指を押さえとかないと抜けるだろ。クソど素人か?」
「初めから両方結束バンドでいいって言ってんだ。お前こいつを殺したあとに、手錠を回収して帰るのか。まじで言ってるか?」
殺される側の意見を言わせてもらうなら、手を拘束するものが手錠だろうと結束バンドだろうとどちらでもいい。
「回収しなくていいだろ。手錠一つで足はつかない」
「見た目の統一感がない」
それはもっと、どうでもいい。手首に手錠があって親指が結束バンドで縛められている死体が見つかって、これは見た目に統一感がないから二人組の犯行だなんて推理をする奴はいない。
「そっちが本音か? わかったわかった。これでいいんだろ」
「ほらみろ、これだ」
手首の拘束が、手錠から結束バンドに変えられた。
その隙に逃げ出すことができればよかったのだが、俺にそんな戦闘能力はない。俺にはなくてよかったのだ。
戦うのは、他の人間の仕事だ。
例えば、忠実な部下。味方の助けの手。そういうものに任せて、ここでじっと座っているのが、俺の役目だ。座っているだけで、物事は思ったように推移する。
そして今も。
時間になった。上出来だ。無駄話をありがとう。
外で車のエンジン音がする。笑いを抑えられなくなった。勝利の笑みだ。この状況から逆転してみせる。俺の勝ちだ。
そうだ。三ヶ月前から話を始めたことにも意味があった。
時間を稼ぎたかったんだ。それはうまくいかなかったが、こいつらがだらだらと話してくれて助かった。
これで俺には、少なくとも車五台分の増援がある。
こいつらは二人。どうだ、俺を殺せなくなっただろう。
タンジェリンとレモンは、ピタリと言い合いをやめて顔を見合わせた。
「どうする?」
「予定通りだろ」
予定通り?
爆音。
なんだ。
「ほらな。トラップにかかった」
レモンが肩を竦める。
待てよ、トラップだと。どういうことだ、説明しろ。
「残りはこいつを盾にして突破するか?」
タンジェリンは、俺の胸ぐらを掴んで椅子から持ち上げると、脇に抱えた。
「見た目が最悪じゃないか? まるで誘拐犯だ」
「どうせ見たやつは全員死ぬ」
「それもそうだ」
このままでは殺される。
おい、早く俺を助けろ。こいつらを殺せ。
トラップの爆弾に間抜けにも引っ掛かり、大騒ぎをしているであろう部下がいる方に叫び声を上げる。
だが子供サイズの手錠を握り込んだ拳が、顔面に叩き込まれて前歯を全部折った。
レモンが顔をしかめる。
「メリケンはなんのためにあるんだよ」
「あれは大人用だ。こいつはちゃんと子供用だろ」
タンジェリンは、手錠を投げ捨てると銃を構えた。その弾丸もきっと大人用の弾が込められていて、大人を狙うのだろう。
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