ティカが見せた余裕が男には気に食わなかったようだった。蹴り飛ばされ口の中に血の味が滲んだが、その程度の痛みは些細なことだ。床に耳をつけているから目の前に立っている男よりも部屋の扉の向こうで起こっている騒ぎの足音がよく聞こえていた。
もう直ぐ、彼がくる。あの足音が近づいてくる。男はまだ気がついていない。
「な、何を笑って嫌がる。気持ち悪い」
「君たちは、優しいあの子を怒らせた」
直ぐに部屋の外が騒がしくなった。カエルが潰れたような呻き声とともに、壁の向こうに何かがぶつかる。ティカを見下ろしていた男は、その音に怯えたが確認をしないわけにもいかない。恐る恐る扉に近づいて、音を聞こうと耳を当てた。
「ティカはどこにいるんですか!」
耳をすまさずとも聞こえるケイムヴォルクの叫びが扉の向こうから聞こえた。
「な、人質の男?! 何で外に出てるんだ」
理由など問うたところで意味などない。縄一つで彼を拘束できるはずがないのだ。彼らがお行儀よくしていたのなら、ケイムヴォルクも大人しくしていただろう。しかし、彼らはどうやら怒らせてしまったらしい。
「ここだ、ケイム!」
ティカが叫ぶ。男があっという顔でこちらをみたが、もう遅い。命を直ぐにでも取れるのだと脅すことで、口を塞いでいたのだ。ケイムヴォルクが逃げ出していることが知れた上でそばを離れて行ったのならこれ以上いうことを聞く筋合いはない。
男がティカの口封じをする前に、扉が蹴り破られた。男は扉ごと吹き飛んで気を失った。ケイムヴォルクは部屋の中を見回し、床に転がされているティカを見つけた。
「ティカ!」
駆け寄って素手で縄を千切る。この膂力で拘束を抜け出してきたのだろう。ティカも冒険者として普通よりも頑強な肉体を持っているがどれほどあがいても彼ほどの力はない。優しいが決して弱くはないのだ。強かな彼のことがティカは好きだった。
「あの人たちがティカに酷いことをしたって。それでおれ」
泣きそうな顔で怪我がないか体を確かめていく。
「怪我をしているのは君の方だ」
縄を無理やり引きちぎってきた手首が擦り切れて血が滲んでいる。助けに来てくれてありがとうと、ティカは彼の傷を両手で包んでお礼を言った。
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