薄闇の街で白い毛並みはよく目立つ。ふわふわと揺れる尻尾を追いかけていると、悪くないと思えてくる。触ってみたい。他の仕事の最中だと断られるかもしれない。それだと間抜けで格好がつかないから、先約や他の仕事がないこと確かめることにした。
少なくとも今は荷運びの最中らしい。それが終わったかと思うと、依頼人から手紙を受け取ってどこかに歩いていく。酒場の主人に何かを届けたらしい。かと思えば踵を返し、魚商の人間と何かを話したあと漁師ギルドに走っていった。
ついて歩いている方が疲れてくる。
ようやく全ての用事が終わったらしく酒場で席を探してきょろきょろとし始めた。声をかけるならいまだ。俺は追いかけ回していたことがバレないように、不自然を装って近づいた。
肩に手を置こうとした瞬間に、首がぐるとこちらを向いてひたと見据えた。愛想の欠片もない。感情がわかりにくい顔をしていた。
「なぁ、あんたいくらだ?」
「仕事の依頼か? 広場からずっと私の後ろをついて歩いていたな」
気付いていたのか。なんてやつだ。バツが悪い思いをしながら本題を切り出す。
「一晩でいいんだ。慰めてくれよ」
腰に腕を回し抱き寄せようとしたが、相手の体がピクリとも動かなかったせいでこちらがよろめいた。腰に回した手をやんわりと引き剥がされた。その僅かな動きの中で、指の軟骨がみしりと音を立てて痛んだ。
ミコッテは小さくため息を吐き、俺から少し距離をとった。
「私は君が考えているような職業ではない」
灰色と紫の目は相変わらず平坦だ。嫌がってもいるようには見えないが、歓迎の気配も一切ない。正直なところ、もうこの男を抱きたいという気分は消えていたのだが、ここまで追いかけ回して、時間と手間をかけたのだと思うと今更引き下がれない。もはや意地だった。
底が知れないように感じるのはきっと錯覚だ。人生経験とやらが、そう思わせているだけだ。相手はただの男娼崩れの便利屋だ。
「誤魔化すなよ。あのでかいのと毎晩仲良くやってるのはわかってんだぞ。今日一日くらい、俺が借りたって悪いことはないだろ。そんなに可愛がってもらってるのか。どうせあの男……」
もう一度引き寄せようとした。手をつかむ。ごつごつとして骨張った、仕事をしている人間の手。いや、それ以上にふしくれだった、それは戦う男の手だった。
(もしかしてこいつ……)
ばちんと音がして、視界が揺れた。顎が跳ね上げられたのだ。立っていられなくなって、よろめいて床に転んだ。胸ぐらを、ミコッテの男が掴む。
「男娼と思われたところで構わない。私と会った人間が私をどう思うのかは、その人の自由だ。会ったこともない人間の評ならば私には関係はないことだ。私をあの子の愛玩動物だと思われるのも、構わない。この体があの子のものであるのは事実だ。だが」
ぐ、と喉元に指がかかる。指の力は、到底引き剥がせるようなものではなく、そこまできてようやく表情のわかりにくい彼が怒っているのだと俺にもはっきりと読み取れた。
「あの子を侮辱するようなことを、私の前でいうべきではない。たった一言でも、駄目だ。全ては胸のうちに、しまっておくことだ」
ミコッテは唇の前に指を立てた。
小柄な、毛並みをよく手入れされたミコッテは便利屋でも男娼でもない得体の知れないものだった。俺は、その場所から一歩も立ち上がることができなかった。
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