孤児院でのジュストは一人で生きていかねばならない悲しみと孤独に負けることなく、新しい環境に馴染もうと努力していた。ダルトンはそんな彼を助けたいと思ったのだ。引き取ってきたばかりの彼は、着るもの食べるもの全てに目を輝かせる明るく快活な子供だった。使用人ともすぐに打ち解け、勉強熱心で家庭教師からの評判もいい。何もかもが、うまくやっていけているように見えた。
声が出なくなったのはひと月ほど前のことだという。特に事件らしい事件はなかった。体調を崩していたということもないし、食べ物が大きく変わったということもない。ただその少し前から、頻繁に街まで出かけるようになっていた。この辺りを治めるものとして街の人たちと馴染んで欲しかったし、家に慣れたのならずっと閉じこもっていては退屈するだろうと思ったからだ。
それからしばらくして、ジュストは口を聞かなくなった。
ある朝、目が覚めておはようと挨拶をしたとき、怯えたようにダルトンの顔を見つめ小さくペコリと頭を下げた。まるで初めて会う人であるようだった。それ以来、ジェスチャーや時折筆談などで感情を表して伝えてくる。
ダルトンから見て取れた、ジェストの変化はいくつかある。一つは、性格の変化。人見知りをしない性格だったのに、来客や人混みを避けるようになった。特に街に行くのを怖がるようになった。
あとは家庭教師から一度ならった内容やテーブルマナーが、できなくなっているという報告も上がってきていた。それも今では改善されているらしいが、声が出せなくなったのを前後してジェストに何か大きく変化があったらしい。
ケイムヴォルクにジュストの喉を見てもらったが、結果は医者たちと変わらない。エーテルの異常や身体の異変は見受けらなかった。緊張している風だったが、もう怯えてはいない。少なくともティカやケイムヴォルクの目には、そう映った。虐待を受けていたり心に深い傷を抱えている人間の、心に蓋をする目ではないというのが、現時点での見立てだ。
コミュニケーションが取れるのならば、もう少し関わってみたかったが生憎ジェストは夕食の席には表れなかった。
「何かわかりましたか」
まだ、屋敷についた当日だ。ジュストと対面した時間は一時間もない。わかることなどあるはずもないが、聞かずにはいられないのだろう。
「残念だが何も」
「すみません、おれも、悪いところは特に見つけられていないです」
「ただ一つ気になったのは、困っていなかったことだな」
「困って?」
ダルトンが首を傾げる。
「だが診察に協力的ではあったが、積極的に解決を求めている風ではなかった」
「それはコミュニケーションが、一応取れるからでは」
「それはそれとして突然声が出なくなったなら、何か不安や不便や、そういうことを感じて然るべきだ。それ自体がストレスになるだろう? そういう感じがなかった」
まだ声が出なくなってから一ヶ月だ。話を聞く限り、ダルトンの目にも使用人の目にも、ジェストが困惑している様子は見受けられなかったのだ。
それが今回の件の解決の緒であるような気がした。
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