望月 鏡翠
2021-11-04 15:41:51
1022文字
Public 日課
 

#437 胸の傷

FF14創作/#毎日最低800文字のSSを書く

 しばらくあてどなく街を歩き回ってから、ティカは強引に足を止めた。手から抜けていったティカの指先を追うように、ケイムヴォルクが半身をこちらに向ける。
「ケイム、しゃがんでくれ」
 ふるふると首を横に振るばかりで、言葉はない。
「君が屈んでくれないと、私の手が届かない」
 両手を頬に向かって伸ばしながらダメなのかと首を傾げる。しばらく逡巡したあと、彼はおずおずと地面に膝をついた。帽子を退ければようやく目が合い、彼の表情を見ることができた。無言を貫いているのは、口を開いた瞬間に昂った感情が溢れて泣き出してしまいそうだからだ。眉根を寄せ、こぼれそうになる涙をじっと堪えていた。
 顔に残る古傷にそっと唇を落とす。目蓋に触れる唇に、目を瞬くと涙が数粒眦からこぼれ落ちた。
「何かあったのか?」
「なんにも、ないです」
「ないはずがない」
 少なくとも、こんな風にケイムヴォルクに涙を流させた原因があって然るべきだ。肉体的な痛みでこんな風に涙を流す人ではないし、単純に暴力ならばきちんと自衛ができただろう。
「店にいた人間に、何か言われた?」
 唇がぎゅ、と引き結ばれた。どうやら正解らしい。店を出てきたときに聞こえた盛り場の喧騒を思い出す。酔った男たちが何を引き合いに出してきたのか、想像するのは容易かった。
「君との関係についてか」
 二人の仲睦まじさが他人にどう評価されるのか、気づかないほど周囲の人間の視線に鈍感ではない。時折、下卑た好奇心に満ちた目を注がれていることがあった。彼らはティカのことを、ケイムヴォルクのペットか愛玩具の類だと思っているのだ。それをもっと汚く卑猥な表現で、からかわれたのだろう。
 自分が侮辱されることは辛くない。その悪意を受け止めてやるほど、その名前も知らない人間たちに対して興味がないからだ。だがそれを投げかけられたのが、人の言葉を正面から受け止めてしまうケイムヴォルクであるということが、憤ろしかった。
「ティカは、おれの大事な人です」
 ケイムヴォルクはティカの体を強く抱きしめて、こぼれた涙を隠すように胸元に顔を埋めた。
「わかっている。私も君がなにより大切だ。だが、それを人に理解してもらう必要はない。私は気にしていない。だから傷つかないでくれ」
 どうしたらその傷を取り除いてやることができるか、わからない。だからティカにできることは、彼が落ち着くまでその頭をそっと撫でてやることだけだった。