望月 鏡翠
2021-11-03 22:12:37
889文字
Public 日課
 

#436 とある酒場

FF14創作/#毎日最低800文字のSSを書く

 少し待ち合わせに遅れてしまった。一人待っているであろうケイムヴォルクのことを考えると気が急いて、小走りに酒場に向かった。客観的に見たケイムヴォルクは体を鍛え上げた顔に傷のあるルガディンの男で、おそらくティカの目に映るほど幼くはないし、世間知らずでもないのだろう。しかし険しい道のりを共にし、幾度も辛酸を舐めて人の弱さと醜さを目にしているのに今なお純粋で柔らかい心を持ち続けている年下の恋人のことが、心配なのだ。
 何より中身が美しい人だ。だから道で小石に躓くような気軽さで転がっている人の悪意や配慮に欠ける言葉に汚されたくなかった。過保護なのか、あるいは独占欲であるのかもしれない。
 いずれにしろそれらの感情が行き着く先は、ひとときでも長く彼の側にいて守りたいという気持ちだ。
 酒場の扉を開けて中に入ろうとしたところで、中から飛び出してきた客にぶつかった。小柄なティカは跳ね飛ばされて尻餅をつく。見た目よりも体幹は強いが、それでは覆らない体格の差があったのだ。
「す、すみません。急いでて……あ」
「ケイム」
 それは店で待ち合わせていたはずのケイムヴォルクその人だった。目が合うと、飛び出してきたばかりの店内をちらりと振り返り、そそくさとティカを立ち上がらせた。
 探されるほど遅れてはいないはずだが、どうかしたのだろうか。
「ティカ、いきましょう」
 ケイムヴォルクは帽子を目深に被りなおすと、立ち上がったティカの手をつかんで大股に歩き出した。
「夕食はいいのか?」
 あの店は料理が美味しい。そう依頼人に教えてもらって、いくのを楽しみにしていたはずだ。
 無言のまま、帽子を被った頭が左右に触れた。
 少し前を歩くケイムヴォルクの顔は、襟の高い服と唾の広い帽子で隠されて表情がわからない。それでも、付き合いが長いだけに、何かが亜ったのだということはすぐに察しがついた。 
 今こうして街を歩いているが、どこに向かっているわけでもなく、あの場所から少しでも遠ざかり歩き回って思考を落ち着けたいのだ。
 ティカはケイムヴォルクが落ち着くまで、腕を引かれるに任せた。