それが変異する前の姿を知っているから女であると認識することができた。しかし変色し、肉を融かして顔の仔細がくぐれ落ちたそれはもう人らしき形をした何かでしかなかった。
生きている人間の温度を持ち合わせない女が、急所に手を掛けている。だがティカ・ア・ジャロウの顔色は少しも変わることはなかったし、女が指先に感じているであろうはずの鼓動も平常通りのリズムで脈打っていた。
「お前は死ぬのが怖くないのか?」
些かの動揺もみせない人を前にして異形が首を傾げる。
「死ぬことは怖い。私にはまだ為していないことが多すぎる。だが、君に私は殺せない」
「今まさに、殺そうとしているのにか?」
化け物の形になった爪先を、首筋に掛ける。まだ憎い相手の居場所を聞き出していない。だが話すつもりがないのなら、殺してしまっても構わないし少し痛い目に合わせた方が口も滑らかになるだろう。異形はそのしゅんかんまで、そう考えていた。
「離してほしい」
静かな声だった。だが有無を言わさぬ意思を含んだその声は、喉元にかかった手を弾き飛ばした。死んでから一度も感じたことのない、痛みに近い感覚を味わい異形は怯む。
目の前に立つ男が何者であるのかが、突然わからなくなってきた。腕のいい術士なのかそれとも他の何者であるのか。少なくともただの人ではない。
ティカは寂しげに微笑んだ。
「色々な因果を背負って、私はこうなっている。君では届かないだろうと思っていた」
神殺しの英雄。光の戦士。一人の身に過ぎたる加護と、願いと祈りを背負っているのだ。
彼女は、彼女だったその異形は所詮はただの死者だ。死んだあとも還ることができなかった儚いエーテルの残滓。神に至るほどの何かを持っていないのであれば、ティカには届かない。
武器を抜き放つ。
「君がそんな風になってしまったことが、残念だ」
それは異形が聞いた最後の言葉となった。既に終わっていた命の延長戦は、それでようやく終わった。
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