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太公望と普賢
眠りたい夜
酔っぱらった太公望が普賢を訪ねてきて、昔話をする話。
「ほれ、おぬし覚えておるか」
すっかり夜も更けてから同期が訪ねてきた。
月のない夜に灯りも持たず、しかもけっこう酔っているようだった。珍しく上機嫌で「いい酒であった」などとぐだぐだ言いながら洞府に上がり込む。そして勝手に寝台に寝そべり、大の字になった。
酒臭いなあと呆れつつ、水を汲んで持っていくと、飲み足りないとでもいうようにちびりちびりと水を舐めはじめた。
「明日も木吒の修行で早いんだ。ちょっと休んだら帰ってね」
「まあそうかたいこと言うでないよ。ほれ」
見れば布団の端を持ち上げて手招きしている。
「
……
あいにく、酔っぱらいを寝かしつけるほど暇じゃないんだよ」
そういってわざと大きくため息をついてみたが「今宵は寒いからのう、遠慮はいらぬ」とへらへら笑っているばかり。ここはさっさと寝てもらったほうが早いかも、と観念して、待ちかねている隣にもぐり込んだ。
酒の香は甘く、相当飲んだであろうことがわかった。聞けばたまたま居合わせた広成子と道徳と、昼間から酒を酌み交わしていたらしい。額が触れるほどの距離で目を閉じたまま、どの酒がうまかっただの、桃はまだ熟していなかっただの、どうでもいい話をもそもそと続けていたが、ふとなにかを思い出したように薄目を開けた。
「で、昔の話になったのだが、ほれ、おぬし覚えておるか」
「なに」
「迷子になって、二人で崑崙山をひと晩さまよったことがあったであろう」
「ああ
……
あったあった」
普賢はくすくすと笑った。まだここへ来て間もないころだ。どこかの洞府から玉虚宮へ帰る途中、うっかり道を間違えて、気がつけばあたりは真っ暗闇だった。
「鳥か獣かわからない不気味な声はするし、ときどき目が光るし、それはもうこわかったね」
「それだそれ」
布団をかぶり直してから、太公望もくつくつと笑う。
「結局、朝までどこかで夜を明かしたが、あのときいったいだれがわしらを見つけてくれたのだったかという話になって。あれはだれだったかのう」
「そう、あれは、」
記憶の糸をすこしずつ手繰る。心細くて、二人して身を寄せ合って、わざと大きな声で話したりして。ずいぶん遠くへきてしまった気がしていたけれど、いま布団の中でぶつかり合っているごつごつした膝の感触は、そのときとすこしも変わっていない。
「あのとき、木のかげで夜明けを待ったんだよ。だれか来てくれないか、期待して隠れてたけど、結局来てくれたのは明るくなってからだった」
「どうしてもっと早く来てくれなかったんですか」
自分たちの不始末は棚に上げて不満を口にすると「真っ暗の中、どうやって探せというんだ」と額を小突かれた。あれは
——
「道徳だったと思う。しかも僕たちを探しに来たんじゃなくて、単にロードワークの途中でたまたま見つけた、という感じで」
冬だったら死んでたぞ、と冗談まじりに言われたし、その後元始天尊からもこっぴどく叱られたものだったが、お説教を聞きながら(そんなわけないだろう)と思ったのだ。
「僕たちは大丈夫だ、今日だって大丈夫だったんだから、って。あの根拠のない自信はどこから出てきたんだろうねえ」
かつての未熟さを思い出して苦笑すれば、太公望も頷いて、ふわりとひとつあくびをした。
「わしらは大丈夫だと、二人でどこへでも行ける気になっておった。
……
あれは、たぶん、」
最後のほうは夢のふちへと足を滑らせているような緩慢さで、普賢がのぞきこんだ一瞬後には寝息を立てはじめる。すやすやと眠る顔を見つめて、普賢はぽそりと問いかけた。
「望ちゃん、さっきの、嘘でしょう?」
広成子が昼間から酒など許すはずがないし、道徳はそもそも飲めないだろう。きっとどこかで一人で飲んで、ここへやって来たのだ、すっかり忘れていた昔話をするために、わざわざ酔っぱらって、わざとらしい嘘までついて。
——
そっか。明日行っちゃうんだ。
「大丈夫。きみは大丈夫だよ」
眠る人にささやいて、普賢はあかりを消した。
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