人は言葉で意思疎通をはかるというが、ときにそれがなくても伝わることがある。自分の思考や相手の気持ちが、雰囲気や沈黙によって意図せず伝わってしまうのだ。呂望がそんなことを考えているのは、いままさにその状況にあるからで、そしておそらく彼の同期も、同じことを思っていることが、わかってしまった。
月は満月にはまだ遠く、頼りない光が窓から射しこんで、ぼんやり部屋を照らしている。やや間をあけて並んだ寝台で、お互い顔だけ出して布団にくるまっているのは、晩冬の夜がとても寒かったからだが、目が合ったとたん、呂望は(まずい)と思った。
すこし前から、自らの体の変化には気づいていた。言いようのない苛立ちや不安感、体の奥からわきあがる熱っぽい衝動。話には聞いたことがあったが、道士になったのならそのような変化は無縁だろうと勝手に思っていたのだ。誰にも相談できないうえに、同期と同じ部屋で過ごし、修行もほぼ同じ。四六時中他人の目がある中でできることといえば夜寝静まったころを見計らって、布団の中で自らを慰めることだけだった、のだけれど。
(もしや、普賢も……?)
最近そういえばやけに寝つきが早かった。以前は小さな灯りを自分の寝台の傍に置いて、遅くまで書を読みふけっていたのに、早々と「おやすみ」と言って、布団にくるまる。疲れているのだろうとばかり思っていたが、今、この瞬間、ぼんやりした月明りにもわかる、やけに潤んだ熱っぽい目を見た瞬間、すべてを悟った。
自分が感じているモヤモヤや、どこに吐き出せばいいかわからない衝動を、普賢もきっと静かにやり過ごしていたのだろう、と。
「……望ちゃん、」
囁きが聞こえて呂望は息を止めた。下肢に伸ばしていた手をそろそろと放し、平静を装って「なんだ」と答える。
「……望ちゃんも眠れない?」
それがただの睡眠を指しているわけではないことは、すぐにわかった。しばし逡巡したあと「うん」と答えると、普賢は一瞬、気まずそうに目を逸らす。そして、布団の中でごそごそしてから「……そっちに行っていい?」
ああ、と声にならない息をついたのは、それすら同じだと思ったからだった。一人では足りないこと。足りないのは他の誰かの体温であることも。
普賢はのろのろと身を起こし、呂望の隣に体を滑りこませた。とても寒い夜に、息がかかる距離で身を寄せあった。こんなに寒いにも関わらず、相手の体温が高くて、どちらもが驚いた。布団を跳ねのけはしなかったけれど、解き放てば一気に下がる熱を、ひとところに集めて持て余していたのだ。目を合わせたままひとことも話さず、それでも互いに手を伸ばす。触れた先が自分のそれと同じ変化をしていることに、同じタイミングで息を飲んだ。こわごわと触れられたそれは、いつも自分でしているよりもずっと控えめだったのに、雷に打たれたみたいに全身が痺れた。
こんなに、こんなにも、
「…………ふげん、」
上ずった声で呼んで、呂望は普賢の体を引きはがした。
「や、っぱり、やめよう、これは」
何もしていないのに、息が切れているのが恥ずかしくて、「やめよう」と繰り返した。
普賢はうつむいたあと「うん」と小さく頷いた。
「そうだね…よくない、たぶん」
この先に何があるのか知らない。もしかしたら、今よりもっとすてきで、気持ちいいものが待っているのかもしれない、でもきっと、
(知ったら戻れなくなってしまう)
そんな予感は同じだと、言わなくても伝わった。
「ごめん。おやすみ」
ひとことだけ言って、そそくさと隣の寝台に戻る。さっきみたいに布団にくるまり、背を向けたので、呂望も背を向けたけれど。
(眠れるわけがない……)
しんしんと夜が更けていくけれど、さっきほんのわずか、わけあった熱と、触れられた感触は、目を閉じてもなくならなかった。
了
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.