いつも耳の奥で不思議な音が響いていた。風が吹くような、波が寄せるような。歯車が回るような、シリンダーが上下するような。だれかが遠くで呼んでいるような、すぐそばで内緒話をしているような。そしてなにかが崩れ落ちていくような。
なにともつかないいくつもの騒音を聞かないのは、閨にいるときだけだった。不愉快な雑音をかき消すように、彼はいつもなにかしら声に出した。今日はここがいいのかい、今度はこうしようか。昨日のあれはよかったかい、私はたまらなくよかったよ。ああ、最高だよ、もう我慢できないよ、きみも一緒にいこうよ。
ときにきれぎれに、息の上がる中に吐き出すそれは、聞いているこちらが恥ずかしくなるほど煽情的だったが、彼はそのときの感想を、自らの感情をあけっぴろげに告げた。それでも普賢がやめてほしいと言わなかったのは、耳の奥に鳴りやまない不快な音を、彼の睦言がかき消してくれていたからだ。あれよりはましだと思えるほどには、それはどこまでも甘かったのだ。
「よくしゃべるよね」
ある夜ぽつりと呟くと、片腕をついたまま太乙はにやりと笑った。
「ふーん……それはだれと比べてだい」
「別に……」
だれというわけではない。普通がどうとか、ほかの人がどうかなんて知らないけれど、もっと間というか、そういうものが多いと思っていただけだ。
「だって五感で楽しみたいだろう?まあ一種の効果音さ」
「効果音ね」
過剰演出じゃないだろうかと思ったが、それは口に出さずにいた。
「じゃあ普賢。たまには趣向を変えてみようか」
しまったと思う間もなく両腕を封じられ、どこか勝ち誇ったような目で見下ろす人に、普賢はため息をつく。
「もうなにを言われてもあんまりなにも感じないよ」
「それはどうかな」
太乙はじりと首筋に唇を寄せた。触れるか触れないかぎりぎりのところで、ほんのわずか舌を這わせる。首筋にかかる息は熱いが、舌は同じ場所をわずかに行ったり来たりするばかりだ。そして(なんでなにも言わない……っ)
わずかな刺激しか与えられない分、ほんのすこし舌先が触れるだけで、次を求めて意識せずとも腰が浮く。いつものように触れてほしい。いつもなら「もうこんなになってる」だの「私もだよ」だの「もういいかい」だの本当にやかましいのに。
脳内でシリンダーが上下する音が鳴り響く。ギリギリとかみ合わない歯車が無理やり回る音が本当に耳ざわりだ。もっと声を聞かせてほしい、ずっと話していてほしい、お願いだから。雑音と快感で頭がおかしくなりそうだった。
「たいいつ、」
思わず呼んだとき、彼は耳に唇を寄せ、そして
「――好きだよ」
低く、低く囁いたそれで、体中の力が抜ける。頭の中のなにかが音を立てて崩れた。
了
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