緊張しているのが、触れなくてもわかった。隠したつもりのため息を、さっきからなんども繰り返しているし、声も妙に上ずっている。ああ、はじめてなんだろうな、と察し、同時に、弱ったなと思った。
経験のあるなしは、まあ、気にならないといえば嘘になるが、だからといってはじめてをことさらありがたがる趣味はない。適度に慣れていて、適度に恥じ入る、そんな感じが理想なんだけど、とずいぶん勝手なことを、太乙は考える。
明りを消すと、あからさまに体をこわばらせたのが伝わる。
「普賢」
はい、と掠れた声が聞こえる。その肩に触れようとしたとき、
「あの…!」
寝台に浅く座り、うつむいていた普賢が勢いよく顔を上げ、こちらをひたと見つめた。
「太乙真人さま、あの」
「なんだい」
声が震えているから、やっぱり怖いとか、そういうことだろうか。そう思いながら、なるべくやさしい口調で問いかける。普賢は二、三度深呼吸をした後、
「僕、こういうのはじめてなんです」
ああ、うん、そうだろうと思った。そう言いかけたのを普賢が「あの!」と遮る。
「今までずっと修行ばっかりしてきたし、望ちゃんとずっと同じ部屋だったから、だれかとこっそり会うこともできなかったし、望ちゃんがいろいろ探りを入れてくるから、うっかり好きな人もできなかったし、できたとしても望ちゃんにすぐばれちゃうから、告白なんかできなかったし、望ちゃんが、」
「普賢」
さすがにそこまで聞いたところで、太乙はストップをかける。
「きみが、はじめてなのはわかった。太公望と仲いいのもわかった。でも、それ別にいま言わなくてもいいよね」
暗がりでもわかるほど、青ざめるのがわかった。
「でも、あの!」
「大丈夫だよ」
ふわりと抱き寄せる。卵から孵った雛を抱くように、つぶさないように、そっと。そのままなにも言わずにいるうちに、こわばっていた体から、すこしずつ力が抜けていく。とくとくと、まるで心臓の鼓動が聞こえるほど静かだった。
「よく、わからなくて、」
ずいぶん経った頃、腕の中でぽつりと呟いたので、なにが、と訊く。
「こういうときはなにをすればいいのか、とか。なにをしちゃダメ、とか」
なるほど、と苦笑した。
「じゃあ教えてあげるよ。そのかわりひとつだけ約束」
不安げに見上げた普賢に笑いかける
「太公望のことは、いわないこと」
消え入るような「はい」を唇で掬いとって、太乙はようやく腕に力を込める。
了
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.