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玉普事前メシ。現パロ、悪い玉普。

高い天井は一面に星のようなシャンデリアが散りばめられていた。足の下でふかふかと足の裏を押し返してくる絨毯の感触に、落ち着かなげに身じろぎしながら、普賢はちらりと目を上げた。
ギャルソンが無駄のない動きで差し出したワインリストに、その人はよどみなく目を通す。ひと言ふた言質問し、メニューを閉じた。
「お前も同じものでいいだろうか」
こちらに向けられた目を合わせていられず、はいと小声で返しながら俯く。大きなワイングラスが置かれるのも、そこに濃い赤ワインが注がれるのも、ぼんやりと他人事のように見つめた。
どうしてこんなことになっているんだろう。
そう思わずにはいられない。

社長とは就職の最終面接で顔を合わせたきり、会ってはいなかったし、普賢が配属になったのは社長とやりとりがある部署ではなかった。そもそもが社員を千人単位で抱える大企業。社長の顔など、テレビのモニターか新聞の経済欄ぐらいでしか見たことがない、それほど距離が遠い存在だった。
社長が呼んでいるといわれたときも「なにかの間違いだろう」と疑ったぐらいだったし、入ったこともない高級ホテルの高級レストランで食事だといわれ、さすがに無理だと断った。
彼の秘書は困ったように笑いながら「社長命令ですよ」と言った。
普賢に断る権限などなかったのだ。

「緊張しているか」
目の前の人はいかにも慣れた様子でグラスを持ち上げた。
緊張していないわけがない。それ以上に困惑している。うっすらと人のいい笑みを浮かべるその人を前に、どう返事をしていいか逡巡した挙句、普賢は「あの」と口を開いた。
……どうして、僕なんですか」
彼は苦笑する。
「そうか、わからないか」
……はい」
前菜が運ばれてくる。ぴかぴかに磨かれた大きな皿に、小さな料理が点々とあしらわれている。見た目にも美しいそれらを、彼は躊躇いなくフォークで刺して口に運ぶ。
「面接のときに会ったことは」
「覚えています」
それだけだ。あとは入社式で、遠く壇上で挨拶する姿を見た程度しか、普賢は記憶にない。
「おいしいぞ。食べないのか」
……いただきます」
アボカドをくるりと巻いた薄い桜色のサーモンを、一口大に切った。ほんのり上品な塩気とねっとりした舌触りはおそらく今まで食べたものの中でずば抜けておいしいはずだが、雰囲気に馴染めない普賢に味わう余裕などなく、ただ黙々と喉に落とし込む。
(こんなことなら望ちゃんとコンビニご飯食べてるんだった)
「口に合わないか」
「いえ、そういうわけでは……
胸の内を見透かされたようで、普賢は慌ててワインを一口含んだ。とろりとコクのあるワインも驚くほど高価なのだろうが、いつも缶チューハイ程度しか飲まない普賢にとって、おいしいのかどうかすらわからない。
「なぜ自分がこんな場所に、という顔をしているな」
笑いを含んだ声でそう話しかけられ、今度こそ返す言葉を見つけられず、普賢は黙ってフォークを置いた。カラフルで繊細な前菜は、食べかけのまま薄暗いレストランの照明に照らされている。
焦らすのもここまでにしよう。彼はそう言って平らげた皿を下げさせる。新しい皿の上にパンを一つ取ってちぎりながら「普賢、」と声をひそめた。
……蒼園、という店を知っているか」
普賢は息を飲み、顔を上げた。店で奏でられていたピアノの生演奏が一瞬で掻き消えた。
「それは、」
「私もあの店の常連だ。ずいぶん長く通っている。——上客のみに案内される部屋があることも知っているが」
膝の上に握りしめた拳が震える。息が浅く、早くなる。
一介の新入社員である自分が呼ばれた理由も、ここでこうして食事をふるまわれている理由も、彼のひと言が一つに結び付け、普賢の心に重苦しい澱となって沈み込んでいく。
……まずは食事を楽しもうか」

その声が、どこか遠くから聞こえるようだった。