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花を散らす

事後乙普の食事風景。

トースターの扉の奥から、香ばしい香りが漂い出している。うっすら焦げ目をつけていくそれを、普賢はぼんやりと見ていた。窓の外は雨のようだ。もうそろそろ桜が満開だとニュースで聞いていた。きっと桜は散ってしまうだろうな。まだ今年はお花見にも行ってないのに。

チン、と安っぽい音を立てて、トースターが焼き上がりを知らせた。ほかほかと湯気を立てているそれを、太乙は慣れた調子で取り出す。
「バター多め?」
声に出さずに頷く。目の前でバターナイフが焼き立てのトーストの上を滑る。バターがひとかたまり、あっという間にとろりととろけていく。
「ジャムは? 今日はマーマレード」
うん、ともう一度頷いた。小さな瓶からひと匙、黄金色のそれをたっぷり乗せたものが「はい」とこちらに寄越される。
「どうぞ」
ありがとう。口の形だけでそう返して、一口齧った。苦みと甘み、そしてバターの塩気がまじりあう。おいしいものをおいしいと認識するには、脳をフル稼働させなければならないという。おいしい。もぐもぐとトーストを噛みしめながら、次第に頭の中が、体が目覚めていくのを感じる。

「普賢、コーヒーは?」
トーストを齧りながら、無言で頷く。
「もっと入れる?」
ちらと目をやった大きめのマグカップには、淹れたてのコーヒーが半分ほど。トーストを飲み込んでしまってから「うん」と今度は声が出た。
「もっといれ、」
言いかけてはっと顔を上げた。にやにやしながら太乙がポットを手に見下ろしている。
カーッと音がしそうな勢いで顔が赤くなるのがわかった。
「なに。私はコーヒーのことを聞いてるんだけど?」
「僕もコーヒーのことを言ってるんだよ!」
はいはいと笑いながら太乙はミルクを注ぐ。渦を巻いて混じりあうコーヒーから目を逸らせないまま、普賢はトーストの最後のひとかけを無理やり飲み込んだ。