プレゼンテーションは午後一番の予定だったが、まだ準備はできていなかった。午前中に参加していた他社が時間を押したようで、ここでお待ちくださいと隣の会議室に通される。それならと、もう一度資料を読み返しOSの確認をする。
ずいぶんと難しいクライアントだという話だった。
なかでも、担当の広報部長は穏やかだが質問は容赦なく、評価は非常に辛辣。百戦錬磨の営業担当者がひと言も答えられず立ち尽くしたり、数多の賞を総なめにしたクリエイティブディレクターが泣き崩れたりしたという噂がまことしやかに流れていた。
単なる噂であろう?先方から与えられた資料をぺらぺらとめくりながら、太公望はコーヒーを飲む。営業部長の玉鼎は、そうは言ってもな、とため息をついた。
「いろんな方面から聞こえてくる話だ。あながち嘘とは言い切れんだろう」
「おぬしは会ったことはあるのか?」
「一度だけ」
「どうせ、眉間に深―い皺を刻んだオッサンであろうが、そんなに高圧的な態度でよく社内で干されないものよ」
「まあ、そう思っておけばいい」
は? 首を傾げた太公望に、驚くぞ、と玉鼎は笑って言った。
「まあなんにせよ、お前が相手を納得させるものを作ればよいだけだ」
相手の要望はすべて盛り込んだ。他社には負けない自信もあった。予算は部長が捻出してくれるという。
あとは(その気難しいクライアントを言いくるめるだけだ)
若い社員が呼びに来て、その部屋に入る。最上階の役員室の、正面の窓からは、遠くまで街の様子が見渡せた。壁一面の窓を背に座る、役員の面々。その真ん中に
「お待たせしてごめんなさい」
「————」
堅苦しい雰囲気の中、品のいい白いシャツをラフに着崩して、にこやかに微笑むその人がいた。
「ふ――」
言いかけて飲み込む。冷や汗が背中を伝うのを気づかれないよう部屋に入り、そして彼らの正面に用意された机でノートパソコンを開いた。
どうしてこんなところに。いやそれよりも(わしが来ると知っていた?)
「御社が最後なんです。時間を延長しても問題ないよ」
「最後……?」
「もう一社あったんだけど、辞退してしまったから」
普賢が怖いからなあ、と役員たちが苦笑する。普賢と呼ばれたその人は、くすりと笑った。
「事前に提出された資料は読ませてもらったよ。斬新でとても面白い」
でも。机の上に両肘をついて、彼はじっと太公望を見上げた。
「弊社も今度の新商品には社運をかけているんだ。この案はきっと話題にはなるだろうけど、そのまま受け入れることに抵抗がある世代もいる。だからまずは僕を説得してくれるかな——望ちゃん」
ほかの役員たちが、おや、と首と傾げる。
「普賢部長。知り合いですか?」
「ええ、昔ちょっと」
太公望はにやりと笑った。なるほど、これは絶対に負けないという目だ。
(変わらぬのう)
「もちろん。御社にとって歴史に残る商品になると、信じて持ってきた案ですから」
まずは一ページ目を。
ぺらりと表紙をめくる合間に、二人は視線を交わらせた。
了
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