Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
instant
Public
その日愛した
お題「愛したこともないくせに」で始まり、「そっと立ち去るのです」で終わる玉乙普の物語。玉普←乙バージョン
愛したこともないくせに。
表情すら確認できないほんの一瞬、こちらに投げかけられた視線の中に、そんな言葉が潜められている気がした。
真意を問おうと目を瞠るが、一度逸らされてしまったそれは、ついに交わることはなかった。
愛したことならあった。
はっきりと告げたのか、口づけを落としたのか、身体を重ねたのか、そう問われれば、どれも否としか答えられない。ただ手を触れ合ったし言葉も交わした。彼の声が聞こえるだけで幸福だった。ともに過ごす時間は心安らぐと、彼も笑顔を見せてくれた。
遅くまで書簡を読み合った夜、ふと眠ってしまった彼がこつんと頭を凭れかけた。ふわりと甘い香がしたときに感じたのは間違いなく愛しさだ。それでも愛していないと?
「本当にそれだけでいいのかい」
いつだったか、何かの合間に聞かれたことがあった。
「それだけ、とは」
「普賢さ。好きなんだろう」
言葉につまったのを読み取って、太乙は薄く笑う。
「それは
……
私の一存だけで決められることではないだろう。普賢の思いも考えなければ」
「そういうはっきりしないのは、優しさとは言わないんだよ」
さも呆れたといわんばかりの表情で、肩を竦めながら席を立つ。
「きみがそれでいいなら、私にとってはチャンスだね。普賢はもうけっこう私に心を許しているから」
聞こえるようにため息をついたのは、動揺を悟られないためだが、それもわかっているのだろう、覗きこんだ目には挑むような光があった。
「私はきみに遠慮なんかしない。後悔しても知らないよ」
「だったら、わざわざそんなことを言わなくてもいいだろう」
せめてもと言い返した言葉に、太乙は心底嫌そうに眉を寄せた。
「普賢がきみを気にかけているからさ。私だってこんな茶番したくないに決まってる」
それから折に触れ、彼らが二人でいるところを目にするようになった。額をつけて笑い合っていたり、腕を絡めていたり。たまたまかもしれないし、わざと見せつけているのかもしれないが、いずれにしても自分の出る幕ではないと、そう言い聞かせて、玉鼎は彼らを見守った。わずかな胸の痛みも、気のせいだと思うことにして。
雨の日に軒先で雨宿りする姿を見つけたのは偶然だった。少しだけ疲れているように見えたが、いつもの笑顔で「大丈夫」と答える。雨粒を拭うその細い首筋に、玉鼎は目を止めた。
普段なら見過ごすようなーーほのかな朱い痣。明らかに誰かが意図的にその位置につけたと、玉鼎は気づいた。おそらく、それが誰であるかも。瞬間、考えるより先に体が動いた。
「普賢」
名を呼んで振り向きざま、引き寄せる。こわばる身体を抱きしめて、その首筋に唇を寄せた。息を飲むのが伝わった。顔を上げた先で、今にも泣きそうな瞳が揺れていた。
「どうして」
答えられるはずがなかった。何も伝えていなかったし、自分でも何をしているのか分からなかった。非難でも懇願でもなく、純粋に疑問に思っているような彼の表情は、どこまでも切なげで、それが却って玉鼎の中の何かを動かした。
「そんなものを付けてくるからだ」
もう一度腕に掻き抱いて口づける。抗う力は次第に弱くなる。ようやく解放した唇から、嗚咽の欠片が零れ落ちた。
「どうして、いま」
言いかけて飲み込む。その先を語らず、雨上がりを待たないうちにそっと立ち去る後ろ姿を、ただ見送るしかできなかった。
了
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内