hai__ro
2022-07-20 00:01:22
1769文字
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星のゆくすえ

魔神と星についての掌編。
含まれるもの:鍾離+帰終、魔神任務間章一のネタバレ

 月の表面は塵に覆われている。
「だから私のものと言いたいわけではないのよ」
 帰終が言った。
「あなたの驚く顔が見たかっただけ」
 大きな袖を口もとにあてて、帰終はほほえんだ。モラクスは、
……たしかに意外だった」
 と、やけに神妙に頷いた。
 月がひときわ輝く夜だった。木の葉のひとひらにも、石造りの卓にも、帰終のかんばせにも月光が白く降りそそいでいた。その玲瓏たる光は、朝の納屋で塵が舞うようなかがやきとはまったく結びつかなかったが、この女が言うならば真実だろうとモラクスは思った。
「流れ星。あれも宇宙の塵ね」
 星々が帰終の指先へ向いた。
「埃のように宇宙をさまよう岩塊が、世界の法則に軌道を捻じ曲げられて地へ落ちてくる。けれどその速度、摩擦により火がつき、地表へたどり着く前に燃え尽きるの。それが流星よ」
「岩だったのか」
「炎でもあるわ」
 そして塵よ。と、帰終は鎚のようにたしかな声でつづけた。
「星々すら、空においては芥である。いかなる磐石も、長いときを経て塵に還る」
 帰終は、
「きっとだから私が生まれたんだわ」
 と、ささめいた。その声は運命のようななまなましさを想起させながら、せせらぎのように清廉だった。モラクスは、もしかすると全天も彼女の掌の上かもしれないと空想した。
「私、団子が食べたくなってきた」
 なぜなら浮世のすべても知る女だ。
「団子?」
「ええ。月を見ながら団子を食べるのよ、今日の月みたいに白くて大きくて丸いのがいいわ」
 そう帰終が言ったので、モラクスは月をじっと眺めてみた。しかし塵と団子が同じ月に結びつく心は、まだよくわからなかった。
 それから帰終の気のおもむくままに話はどんどんずれていき、最後はでたらめな星座を作って遊んだ。
「そうね。あそこの星たち、欠けた円のように見えないかしら。それをあの小さい星で蓋をして、マルコシアスの星座にしましょう」
「丸いところしか似ていなくないか」
「いいの、そのくらいで」
 ふと、帰終はモラクスがマルコシアスの容姿を言外に丸いと認めていることに気づいたようで、くすりと笑った。
 それから帰終は、中天に菱形の線を結んで「これがあなたの星座」と言った。素朴な線をモラクスは自分自身に見立てようとしてみたが、これがモラクスに見える帰終の視界のふしぎさのほうが気になってできなかった。そうして今度は帰終を眺めているうちに、
「お前の星座はないのか」
 と、疑問に思い口にした。
「じゃああなたが作ってくれないかしら」
 帰終はほほえみ、言った。モラクスは指先を迷わせながら、夜空に帰終の横顔をなぞった。煌々とかがやく星から埃と見紛うような星までかき集め、線を結ぶ。そうして星座がとうとう天を覆うほどの大きさになったところで、モラクスはふいに手を止めた。
「この空にお前を正しくうつすには、星の数が足りない」
 帰終は笑った。



 星が流れた。渦を貫き、ほんの一瞬きらめいてから消える。
 がらすを経ても聞こえる轟音が、鍾離には女の唸り声に聞こえた。雨がいっそう激しくなった。暴風に吹かれた雨粒が硝子窓に叩きつけられる音。そしてここまで離れてなおいかづちのように光る剣筋。鍾離のすることは、この雨が早く止めと願うくらいである。
 豪雨と荒れ狂う波を見て、過日の渦の魔神による災害を思い出す者もいた。しかし、あのときとの最大の違いを鍾離は知っている。この日立ち向かったのはすべてひと。預言もなく、施しもなく、久遠の生命もなく、また多くは神の一瞥もなく、来たる日に備え積み重ねてきたただびとだ。
 いま一度、彼女の名を冠した、この世界で最も完璧な兵器が矢の雨を降らせる。数千年の時を経た構造が本懐を遂げる。
 かつて帰離の南にて敵を睨みつけ、今は人が明日を開拓するための武器として岸辺に、群玉閣に、戦士たちの目の前に模造品が遍在する。もし、模倣されたそれらを目のあたりにしたならば、彼女はどう言ったろうか。どう感じたろうか。しかし、その答えがなんであろうとかまわない、と鍾離は思った。もはや彼らは、神の手から離れ、輝き走り去ってしまっていいのだ。この国は星の速度に耐えうる。そう鍾離は信じていたから、ここにいた。
 そしてふたたび星が降る。