Mizuka
2021-01-31 12:50:57
4314文字
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財前瞳子の一生

生に執着し続けた少女の話。
主催逃亡企画アカウント消しにつき肝心の部分はちょっとふわっとしてる

 約15年前、私は極々平凡な日本の一家庭に生まれた。都心からは少し外れた郊外の一軒家。サラリーマンとして平日は忙しく働くパパと、おおらかで料理上手な主婦のママ。2人に一人娘としてたくさんの愛情を注がれて育った。
 私は……ちょっとワガママな所もあるけれど、お菓子とキラキラしてるものや可愛いものが好きなどこにでもいる普通の女の子で、友達を作ったり、時には喧嘩をして泣いたりもして、そんな"普通"の日々を当たり前に送っていた。
 6歳になった頃に、家族3人揃ってずっと楽しみにしていた海外旅行に行った。初めて乗る飛行機にずっとはしゃいでいる私をママが窘めて、それを見たパパが笑った。私は楽しくて、初めての異国は何もかもが新鮮で……
 確かママが、道を聞かれたんだ。それをパパが翻訳しようと本を出して、一瞬、両親の気が私から逸れた。
 あの一瞬で全部変わった。
 あの一瞬で私の普通は、終わってしまった。
 大人の、ましてや欧米人の男の手は大きくて、幼い私の顔ごと覆えるくらい。そんなものに口を塞がれて、助けを求める声も音にはならず、小さな体はぬいぐるみみたいに軽く持ち上げられて、あっという間に両親は遠くに消えた。
 怖くて怖くて震えが止まらなかった。頭の上で飛び交ってるのは知らない言葉で、これから自分がどうなるのか検討もつかなくて、それが余計に怖かった。泣いていると殴られたけど、それが痛くてまた泣いて、そうしたら一際強く殴られて私はいよいよ気を失った。
 目が覚めるとボロボロの小さな倉庫みたいな所の床に転がされていた。殴られたせいで顔が腫れて目が上手く開かなかったけれど、私が起きたって気づいた時に一斉にこっちを見た男達のギラついた眼光ははっきり認識できた。
 大きな男達の手がこっちに伸びてきて、私死ぬんだって思った。もう二度と、パパとママにも会えずに、知らない国の汚い場所で、殺されるって。
 ……そんなの、絶対に嫌だ!
 男の手に思いっきり噛み付いた。さっきまで怯えて震えてるだけの子供だったから、意表を突かれたのか男は大きく仰け反って、ギャッと叫んだ。それを見た別の男がナイフを取り出してきたからまた体が固まりそうになったけど、死に物狂いで受け止めた。そうしたら手を縛っていたよれよれのロープが切れたから、ナイフを持つ腕に思い切ってしがみついてまた噛み付いてやった。床に転がったナイフを必死に追って拾い上げて顔を上げると、3人の男は鬼の形相でこちらに飛びかかってきた。でももう、やられっぱなしじゃダメだ。
 私は死にたくない。死にたくない、生きたい!
 ふと、思い出した。パパの好きな時代劇を隣で退屈だって文句言いながら見てた。小さいサムライが、体の大きなこわーいサムライをパパッてやっつけちゃうから、いつの間にか夢中になってた私はなんでなんでってパパに聞いたんだ。
 私はまた伸びてくる手をくぐり抜けて、思いっきり相手の脚を切りつけた。そしたら男はひっくり返って悶絶して、あとの2人もたじろいだ。そこから先は、もうぐちゃぐちゃ。でも、閉じ込められていた所が狭くて、体の小さな私には有利だったんだ。"返し"も付いてない刃物で人を切ったから私の手もズタズタだったけど、そんなの気にしていられなかった。男達の恨めしそうな声を後ろに駆け出して、私は……どこに行けばいいのか、分からなかった。
 自分のいる場所も、パパとママのいる場所も、安全な場所も、帰るための道も、何も分からなかった。でも、一つだけ、分かってたこと。
 自分が生きたいって思ってること。
 それからはなんでもやった。その国には私と同じ、言葉も分からない、両親もいない子供はたくさんいた。でも仲間なんかじゃない。みんな敵だ。日々の糧を奪い合う敵。
 なんでも盗んだ。盗みがバレて捕まりそうになって、拾ったガラスの破片で店主を切り付けて逃げたこともあった。
 ゴミ箱の中の臭いご飯も、泥水も啜って、吐きそうになりながら少しだけ腹を満たした。
 少し経って、私は物の価値を見る目があることが分かってきた。金目の物を盗むのは、直接食べ物を盗むよりずっとたくさんのパンに変わるって知った。
 最初は墓を暴いた。日本と違って土葬文化の国だったから死人の気に入っていたアクセサリーなんかを頂戴した。お陰で蛆がすっかり平気になってしまった。
 次に通行人の物をかすめて。少しずつ家に入って、貴重そうな物を。1度うっかり住人に見つかってしまって、殺してしまってからはもう戻れなくなって、段々エスカレートしていった。
 たくさん殺した。お金のために。私が生きるためだけに。
 女の方が、高価な物を見えるところに身に付けていることが多かった。それに力も弱いから、抵抗されても押さえ込めた。適当に盗んだ服でちょっとだけ着飾って、少しずつ覚えた言葉を面白おかしく紡ぎながら道行く無防備な女を口説いて、誘い込んで、利用した。
 ある日、拠点にしてたプレハブ小屋に、手紙が届いた。私の名前……もう呼ばれることはないと思っていた名前が、そこに記してあった。"財前瞳子"がここにいることを知る人なんて、この世にはいないはずだった。それは海外旅行中に誘拐された、可哀想な幼い日本人。よくある話だ。
 私は6歳の時に国を離れたから、漢字があまり読めなかった。それすらも分かっているかのような、小馬鹿にしているかのようなオールひらがな文。
「ちょう、こうこう、きゅう?」
 入っていたのは今の私の写真が貼られたパスポートと、日本行きのチケット。気味が悪かった。私の生い立ちを知っている人なんていないはずだったから……でも、それ以上に……
 帰りたかった。もうそこにいた時間の方が少なくなってしまったけれど、それでも私にとっては日本は祖国だから。
「行ってやる、この学園に!」
 空港に着いてからの記憶はない。仕組みの分からない方法で気を失わされ、学園だと言うおかしな空間に閉じ込められた。大掛かりすぎる罠に顔を顰める私の前で、挑発的にケツを振っている腹立たしい容貌をしたぬいぐるみのようなナニカ。それは自身を『モノロコ』と名乗った。
「フンつまり、ここにくる人間を殺せと?それだけデスか?」
 一人招かれた校長室で、ソイツは"内通者"として動くよう私に命じた。他の参加者の"才能"とやらに目を通したけれど、警戒すべきはガンマンとやらとサバイバー、あとは精々麻薬取締官くらいだろう。
 しかし事も無げに言った私の言葉をまたしても腹立たしい笑い声で否定したモノロコは更に、『他の参加者に、自分が殺人をしたとバレないようにすること』という条件を付け足した。騒ぎになることを遅らせるために適当に死体を隠したことくらいはあったが、きちんと計画を練り、手順を踏んで殺すのは初めてだった。
 手持ちの鉱石の中でも一等明るい色彩を放つ石を手に取り、校長室で拝借してきたライターと交互に見つめる。上手くいくかは賭けだ。でも、そんなの今までだってずっとそうだった。
 私は生きたい。こんなくだらないデスゲームで死ぬなんて、"死んでも"ごめんだった。
 想定外のアクシデントが発生してしまった。利用できそうだった一之瀬青葉……まさか、男だったとは。私の審美眼も曇ったものである。幸いと言うべきか、彼女……否、彼は本心から私を慕っているらしく、隙を見せても襲うような真似はしなかった。調子のいい男だが、あのバカバカしい口調でないまま多少振舞っても気にしないおおらかさは評価できる。……おおらかと言うより適当なのかもしれないが、まぁそれは些細なことだ。参加者は、若干名生存するとのことだった。彼は、生かしておいてやってもいいかもしれない。
 夢を見た。昔の夢だった。パパとママに頭を撫でられて、嬉しそうに笑う幼き日の私。休みの日の朝に、漂うスープのいい匂いに吊られて起きて……
「あっ、起きた?ちょうど超高校級の使用人特性スープが出来ちゃった所!ほらほら、冷めないうちに!絶品よ?」
 冷静を装いスープを受け取りながらも、私の指先は忙しく腰の宝石袋や服の装飾品の確認をしていた。……何も盗られてはいなかった。人前で寝たことなんて、あの日から今まで1度もなかったのに。ましてや人の部屋で寝てしまうなんて。
 安心と似ているようで、少し違うような、温かいような、危ないような感情の名前を、私は知らない。でも、別に構わない。あのモノロコから、デスゲームの皮切りになれとの指令が来ていた。無駄な感情は、刃を鈍らせる。
 倒れ伏すちゆり氏をガスマスク越しに見る。胸に耳を当ててその鼓動が止まっていることを確認してからいとも容易く招き入れられた部屋を出た。あとはマスクを適当に処分して、何食わぬ顔で朝、皆と共に彼女の死を悼もうではないか。
……やってくれマシたね。」
 優秀な麻薬取締官たる親友殿は、私の残した僅かな痕跡を見逃さなかった。開かれた学級裁判。突き付けられる証拠。私の弁もそれなりに時間を稼いだが、それだけであった。結局皆が、真相にたどり着いた。お見事お見事。して、この後は?
 『オシオキ』とは、一体?
「ユーが殺せと言ったからミーは実行したまでデス!こんなことになるなんて聞いてない!ふざけるな!死んでこんな所で死んでたまるか!!」
 どこかで、協力者の私は生きられるかも、なんて思っていた。しかし引き摺る力に容赦はなく、あっという間に喚く私は宙に投げ出された。
 私の"トレジャーハンター"なんて才能を馬鹿にするような、安っぽい巨大な宝箱の中。思いっきり打った尻の痛みに舌打ちしていると、上から何かが落下してきた。間一髪避ける。落ちてきたのは、私の身の丈以上の大きさの巨大なダイヤモンド。これで、押し潰そうと?
 皮肉な処刑法に文句を言う暇もなく、次々と頭上には新しい影が現れる。カットされた宝石、真珠のネックレス、金貨……息を切らしながら潰されないよう狭い箱の中を走り回り、無様に息を切らせていた。猛攻が止み、助かったのかと思うも一瞬。箱全体を覆うほどに巨大な影と、不穏な音。見上げるとそこには、大きな大きな水晶ドクロ。どう見てももう逃げ場はなかった。
 これはきっと今までしてきた悪事の報い。受けるべき罰。けれど、それでも私はまだ……
 生きたかっ