花樹に絡む玉二滴

うちよそエタバン5周年、つまりは木婚式ということで木を使った話、ディル君の親御さんとフレンドさんからネタお借りしました!

 雲一つないカラリとした晴れの日、東の果ての海から風が吹き抜けるシロガネの紅梅御殿には、機嫌良く鼻歌を歌いながら金茶色の髪のヒューラン男性がエントランスへと入っていく。彼の少し後ろには黒髪黒角のアウラ男性がヒューラン男性の歌を聞きながら静かについていく。二人は足取り軽く階段を上がり、ある部屋のドアの前で立ち止まったヒューラン男性が慣れた手つきで鍵を開けた。
「うん、ちゃんと掃除されてるね」
 ドアを開けて室内を眺めたヒューラン男性、ヴァスクは満足そうに呟いてから中に入る。後ろについてきていたアウラ男性、シンもヴァスクに続いて入室した。室内には円形のテーブルと重ねられた座布団が数枚、更にはいくつかの東方様式の棚に酒瓶や食器が並び、奥には綺麗に折り畳んだ布団一式が二対置かれている。一見して生活用品がある程度揃っているようで、それらにはあまり使用感は感じられない。
「さて……ディルも最近来ているようだし、何か追加されてないかな」
 ヴァスクは早速と言わんばかりに棚に置かれている酒瓶を物色し始める。シンはその様子を気に留めるでもなく、座布団を一枚拝借してから腰を下ろして一息つく。
「んー……、ああ、これは……随分と綺麗に包んでもらってるね。さては相当いいところでいいものを買ったんだろうね」
 ゴソゴソと棚の奥まで首を突っ込むかのように漁っていたヴァスクは、無地の白い紙と青い紙で包装された二本の瓶を見つけ出してテーブルの上に置いた。パッと見た形状としてはライスワインを入れている瓶よりは小さい。恐らくは蒸留酒などを入れている類の瓶だろう。
「この状態でも分かるくらいに甘い香りがするね、それに樽の芳醇な木の香りも染みついていて……おや?」
 ヴァスクが棚の奥に更に何か置かれているのを見つけた時、じっと座り込んでいたシンもまた何かに気が付いたようにドアの方を見やる。
……来たぞ」
「あれ、珍しく早いね。少なくとも、今日ここに来ることは伝えていないはずだけど」
 それから数秒後、バタンと勢いよくドアを開けて入室してきたのは青髪黒角のアウラ男性、この部屋の本来の主であるディルだった。
「何を、してるんですか」
「やあ、こっちで用事があったから、ちょっと休憩しに来ただけだよ」
 ヴァスクは棚を物色するのを止めて、ディルの立つ方へと顔を向ける。彼と視線がカチ合った瞬間、まるで火花が飛び散りそうな程に空気が一気に張り詰めている。ディルの表情は、まさに昔のように、今すぐ人を斬り捨ててしまえそうな鬼の形相だった。抑えることもせず溢れてきている殺気がディルの髪も鱗も尻尾も逆立てて、黒いスカーフに覆われていない暗く沈んだような翠の瞳を携えた右目がヴァスクを睨みつけている。
……言いたいことがあるんだろう、そんなに睨まないでほしいな」
 ヴァスクもまた、ディルをなだめるように優しく語り掛けるようにいるように見えて、声も目も何も笑っていない。このままどちらかが一歩踏み出せば、次の瞬間室内に鳴り響くのは互いに携えた武器のぶつかる音だろう。部屋の主に無許可であるとはいえ、せっかく身体を休ませるために来たというのにこんな状況ではそんなことは出来ない。未だに座り続けているシンは呆れたように一つため息をついた。
「はあ……、師弟喧嘩をするなら外でやってくれ。別にここに酒を飲みに来たわけじゃないんだ」
「あ、ずるいぞシン。一緒に呑もうってさっき約束したのに」
「そんな約束はしてない」
「えー、ディルはここにやってくるまではその気だったくせに」
 こんな空気の中でもおどけたように会話をしてくるヴァスクに、シンは共犯にされても困ると言うようにもう一度ため息をついた。
「とにかく、その酒はやめておけ」
……分かってるさ。ディル、これはお前たちで呑むものだろう?」
 ヴァスクは彼に対して示すように、青と白の二本の瓶に目配せをする。ディルは言葉の意図をすぐに理解し、自分自身を落ち着けるために一つ深呼吸をして、殺気を少しずつ抑えていった。
「それが分かっているのならば、まずはそこの棚から離れてください」
 ヴァスクは指示された通りに棚から離れ、シンの傍に座布団を持って行って隣にストンと座った。ディルはテーブルに近づき、二本の瓶に何事もないことを確かめてからやっと安心したように息をついた。
「全く、酒が追加されたとなればすぐに来るんですから、油断も隙もあったものじゃないです」
「今日は本当にたまたまだったんだから、許してほしいな」
「どうでしょうね」
 ディルは先程ヴァスクが離れた棚に近づき、瓶と一緒に奥に置かれていた箱を丁寧に取り出す。箱の側面には薄く細かな葉の模様が描かれている。三人にとってはその模様はかつてあった彼らの家の証、ムナカタ家の家紋だと一目で分かるものだった。ヴァスクは先程箱を見た時に考えた予想が当たったことを確信して口を開いた。
「ディルが久しぶりに『帰ってきた』と職人たちから聞いてね、なるほど、それが目的だったんだね」
……やっぱり、俺の行動はお見通しだったんですね」
「この間会った時に彼らから世間話として聞いただけさ、何を作ってもらったかまでは知らないよ」
 ディルが用意した二本の酒瓶、そしてかつての家のお抱えの職人たちに作らせた箱の中身、彼がわざわざこの国に来てまで取り寄せたものは、全てあの愛しいミコッテ男性のパートナーのためにある物だろう。
「とにかく、いちいち俺のやることに干渉しないでくださいね。あとここにタダ酒呑みにくるのもいい加減止めてください」
「はいはい」
……ああ、そうだディル。帰るならこれを」
 今までずっと座って様子見をするだけだったシンが立ち上がり、自分の荷物から布に包まれた手の平大の塊をディルに渡した。渡されたものを手に持ったディルは、触感からそれがゴツゴツとしていて重い、石のようなものだとすぐに把握した。包んでいた布をペラリと捲ると、オレンジと淡いブルーが混ざったようなクリーム色の石がキラリと光っていた。
「これは?」
「先日、ある依頼の報酬でギルの代わりとして貰った。売ればそれなりに金になるらしいが、あいにく職人の彼ら以外にこれを活用してくれそうなのはクルウしか知らない。だからお前たちで好きに使うといい、さっきの詫びのようなものだ」
……なるほど、ならばクルウに渡して伝えておきますね。では今日は急いでいるのでこれで、鍵はちゃんと締めてから出て下さいね」
 ディルは二本の酒瓶と箱、シンから受け取った石を抱えて二人の目の前でテレポを唱え、やがて静かに消えていった。



……ふう、これでやっと最後の依頼が終わったな」
「全くだよ。あの二人、互いに意地になってサプライズし合おうとするんだからさ。素直じゃないよね」
 シンがディルに渡した石、そこそこ大きなオパール原石は決してある依頼の報酬などではない。ディルに贈り物をしたい『ある職人』からひんがしの国における宝石商人の情報を元に、製作依頼が立て込んでいて多忙な本人の代わりにお使いを依頼されていた品物だった。その商人の情報をかつての家のお抱えの職人たちにも聞き込みをしようとしたところ、同時期に彼らがディルから木製のペアグラスの製作依頼を受けていたことを知ったのだ。
「高品質の品物を安定して作れる職人クルウと、それに対抗しようと国を越えて駆けまわるディル……贈り物一つでそんな苦労をわざわざするよりも、二人で面と向かってプレゼント交換したらいいじゃないか。それかディルが職人になるか、さ。」
「ディルが職人になるところ、俺はあまり想像がつかない」
「まあそうだよね。集中力が研ぎ澄まされていても、細かい作業には得手不得手があるからね」
 本当は、あの珍しい色合いのオパール原石を手に入れたクルウはディルのために何かしらの物を作るつもりだったのだろう。そしてディルもまた、年代物と分かる二本の酒を新品の木製グラスで味わうつもりだったのだろう。
「パートナーなら、ちゃんと話し合わないとね。互いが何が好きかとかね」
 ヴァスクはそう言ってから立ち上がり、座布団を元に戻してからドアへと向かう。シンもそれに続くように立ち上がって同じ位置に座布団を戻す。ディルに会うという唯一の目的が果たされた以上、もう今日はこの部屋に用事はないのだ。二人が退室してから部屋の主に言われた通りにドアの鍵も閉めて、さてこれからどこで酒を飲もうかと話し合いながらヴァスクとシンは紅梅御殿を去っていった。



 後日、ディルとクルウの暮らすゴブレットビュートの家のダイニングテーブルには、木製のペアグラスと互いが生まれた年に作られた数十年ものの高級ウイスキーボトルが二本置かれていた。そして、彼らの腕にはハードシルバーで作られた揃いのデザインのブレスレット。ディルは左腕に、クルウは右腕に。腕輪にはめ込まれた互いの髪や瞳の色を混ぜ込んだようなオパールがダイニングの照明に当たってキラリと光り、木製グラスに注がれているウイスキーの水面にも小さく反射する。
「まさか、二人して同じ人たちにしてやられるなんてな」
「そうだな……忙しさにかまけて現地での調達や確認を怠った俺も悪いけど、まさか直接ディルに持ってこさせるとは……始めに内緒だって言ったのに……
 既に酔いが回って頬を赤くしたクルウは、不機嫌そうに白い尻尾を座っているソファーにベシベシと叩きつけた。その様子がやっぱり可愛らしいので、隣に座るディルも思わず自分の黒い尻尾をペシッと動かしてしまう。
「でも、ディルが石を持ってきた時に何が欲しいのか意見を聞いてよかったよ。もし計画通りだったらこれはペアリングにでもしようかと思ってたけど、でも、うん、ブレスレットも悪くないね」
「そうだろう? 普段使いの物じゃないが、せっかくこんなに綺麗な石だからこそ、一番よく目に見えるブレスレットが良いと思ったんだ」
「うん……。ああ、そうだ、今度、ヴァスクさんとシンさんにお礼の品物を贈るからさ。その買い物に付き合ってよ、ディル」
「勿論だ、その時はこのブレスレットも着けていこうか、な?」
 普段の外出は仕事のために戦闘向けや職人向けのアクセサリーを着用するので、このペアブレスレットは滅多に使うことはないだろう。それでもこうして二人きりの穏やかな時間の中で、ちょっとした思い出を語るために身に着けるのもいいかもしれない。計画通りにいかなくたって、どう転んだとしても、二人のことを想ったからこそいい方向に進めたという証拠にもなるのだから。あとは面と向かった話し合いも大事、という教訓のためにもだ。