戦場の最前線ではギリギリの状態が続いていた。イフリート信仰のあるアマルジャ族の中でも特に過激な一派が、ウルダハに続く主要の道を占領するために押し寄せてきたという。最初の侵攻から数日は経っているがアマルジャ族側に諦める気配はなく、急遽グランドカンパニーから冒険者たちへ大規模な救援が通達された。
現地では集合した者から役割に応じて部隊が組まれ、次々と戦場へと進んでいる。互いに消耗し戦線離脱の数を増やしているが、拮抗している状況に焦れたのかアマルジャ族側の雰囲気が変わっていった。軍の奥から他の者よりも派手な装飾を身に着けたアマルジャ族が現れ、その者が高らかにイフリートへの賛美の言葉を語り始める。その言葉と共に手に持った杖が怪しく光り始め、その場にいた全ての者は炎獄のような焼ける火のエーテルを感じ取った。
その詠唱は、イフリートをこの場に呼び寄せんとするものだった。
先程まで前に出ていた暁の血盟の面々が焦った様子の不滅隊員たちに呼ばれ、急いで別の場所へと走り去っていく。チラッと聞こえた話から察するに、恐らくは蛮神召喚の気配があるのだろう。暁の血盟の者たちの急な戦線離脱からアマルジャ族のほうも何か感じ取ったのか、その者たちを止めようと追いかけ始めたので、急いで奴らへと飛び掛かり彼らの足に細剣を突き刺した。更にその脇を抜けていこうとした奴に対しては白い鎧を見に纏ったナイトが飛び掛かると同時にゴンッと鈍い音がして、見れば大きな盾がアマルジャ族の顔面にクリーンヒットしていた。
「ここは俺が抑える!ディルは抜けていったやつを優先で止めてくれ!」
盾をまともに喰らって気絶している奴を足で一蹴して転がし、クルウが俺に向かって叫んで指示を出す。白い髪も尻尾も舞い上がった砂や敵の返り血で汚れてはいるが、武器や防具はまだ大きな傷はついていない。本人も体力は残っている様子なので、少しの間は任せても大丈夫だろう。
「分かった、無理はするなよ。」
「お前もな!」
離れる前に念のためと迅速魔でクルウにヴァルケアルを1発かけておく。戦闘が長引いている中で彼が率先して敵の足止めをし続けているが、いくら長期戦が出来るナイトとはいえ限界があるもの。せめて早く戻ってやろう。クルウがこちらを見て微かに頷いたのを確認して、俺も改めて細剣を構え直した。
蛮神の存在が濃く感じることが出来るようになるにつれて、これまで以上に激化する戦場。遊撃を続けてふと気が付けば、アマルジャ族の数は減りつつあった。そろそろクルウの元へと戻らねばと引き返す途中で、ここから離れた空の一部が不自然に赤黒く染まっているのが見える。更にその空の下からは時折巨大な火柱が上がっている。恐らくはあの場所に、かの蛮神イフリートがいるのだろう。なんとか討伐隊が抑え込んでくれることを祈りつつ、まずは自分の仕事を果たすために細剣を振りかざし走り続けた。
クルウの守る場所へと戻れば、こちらは決着はついたようで既に戦闘は終わっていた。しかし周りでは何人もの冒険者が負傷して倒れこんでいる。よく見れば倒れている者は癒し手が多く、比較的軽傷な冒険者たちが手持ちのポーション等でなんとか応急処置をしようと奮闘している。とりあえず状況を確認していると、聞き慣れた声が俺に向かって聞こえてきた。
「よかった、そっちは無事だったん、だな…。」
声のした方を見てみれば、先程見たよりもボロボロになった防具を纏っているクルウがこちらへと歩いてきていた。
「おい、大丈夫か!?何があったんだ!」
「俺はそんなに怪我してないから平気…だけど、ごめん、最後まで守り切れなかった…。」
耳まで伏せて悔しそうに俯きながら言う彼に対して、気を落とすなと頭をポンポンと軽く叩いておく。
「…ここまで持ちこたえてくれてありがとう。それより治療の手は足りるか?」
「いや、正直足りてない。最後に悪あがきとばかりに後方支援部隊に対して特攻を仕掛けてきて…、対応が遅れてこのざまだ。ディル、悪いが治療の手伝いをお願い出来ないか?」
「了解、なら周囲警戒を頼む。まだ敵が来てもおかしくないからさ。もし来たら知らせてくれ。」
「うん…。」
クルウはまだ落ち込んでいる様子だが、剣と盾を構え直してこちらから離れて行った。盾役としての役割を最後まできちんと果たせなかったことが、本人にとっては相当悔しいのだろう。後でもう一度フォローしておくことを忘れないようにしようと思いつつ、急いでまだ治療がされていない人々の元へ向かった。
白魔法を駆使して何とか怪我の治療を進めているが、後方支援部隊の半数ほどがやられている状況では治療に回せる魔力が足りなくなってきている。手持ちにあったエーテルの瓶が全て空になっても、まだ全員の処置が終わっていない。ギリギリまで魔力をつぎ込んだことで頭がクラクラとし出したあたりで、これ以上は自分自身が危険だと一旦治療の手を止める。幸い治療が終わった軽傷の癒し手の人たちも治療支援へ加わり始めたので、そちらに任せることにして彼らからは離れた場所に座りこんで休憩をしていた。
「どっかに余ったエーテルの薬ないかー…ないよな。」
服や尻尾に付いた砂埃を払いながらため息をついていると、誰かがこちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ディル…、顔色悪いけど大丈夫か?」
見れば警戒を終えたクルウが少し不安げな表情でこちらを見ている。そんな彼を心配させないように笑いかけることを心がけながら答える。
「大丈夫、少し休んだらまた治療の手伝いに戻るよ。」
「ああいや、さっき他の部隊がこっちに合流してきたからそっちの人たちが治療してくれてる。あとは専門の人らに任せていいと思うし、ディルはまだ休んででいいぞ。それと、さっき蛮神討伐部隊から討伐成功の知らせが来たみたいだから、今回の任務はほぼ終わったと考えていいだろうな。」
正直休めるならそちらのほうが有難い。周囲を見れば先程よりも人が増えていて治療がスムーズに進んでいる様子だった。無理に手を貸す必要はないだろう。
「ああ…、なら俺はもう引っ込んでおくか…。」
そう言ってふーっと息を吐き出すと、俺の隣に座ったクルウがじっとこちらの様子を伺っていた。
「エーテル不足か?やっぱり顔色悪すぎるし辛いだろ。」
「…まあ。」
「あー、見た感じ薬も飲み切ったな?くっそ、俺の分はさっき治療部隊に渡しちゃったしな…。」
「ある程度自然回復したら歩けるしテレポも出来るから、ちょっとだけ休ませて…。」
そう言い終えた途端にクラッと眩暈がして思わず目を瞑り前のめりに倒れそうになった瞬間、クルウが腕を伸ばして地面に衝突しないように俺の身体を支えてくれた。
「おい…っ!こら無理しすぎだって、一回横になれ、ほらっ…!」
目を開けるのがしんどいのでされるがままになっている間に、クルウが自らの太ももを枕代わりにして俺を仰向けに寝かせてくれる。いつも片目につけている黒いスカーフは一旦外されたが、その後両目に被せるように広げてそっとのせてくれた。少し暗くなった世界に安心してほっと息をつく。
「ディル、応急処置するからちょっと口開けて。噛むなよ。」
言われるがままに口を開けると、そこから何か柔らかいものに塞がれる。ちゅくちゅくと互いの唾液と共に舌が絡み、そこから流れ込んでくるエーテルを感じる。どうやらクルウが口移しで自分のエーテルを分けてくれているようだ。その暖かさが心地よくて、思わずもっとと強請るように手探りで彼の頭を引き寄せるように掴み、舌をこちらから更に絡ませる。
「ん、んっ…!?」
「んふふっ…。」
びっくりしたような、困惑したような声が聞こえたのが面白くて少し笑ってしまう。更に離れようとする彼の暖かさを逃がしたくなくて、彼の口内で一番よく知っている弱点の少し長い牙をつついて弄んでみた。しかしすぐに無理やり口を離されてしまい、暖かさが急に無くなってしまった。のせられていたスカーフを自ら取っ払って目を開けると、少し顔を赤くしながらこちらを睨むように見下ろすクルウと目が合った。
「おまえ…、仮にも人前で調子乗るなよ…。」
「いやー…熱烈だこと、これは極楽だわ。」
「だから応急処置だって言ってるだろ。」
「はいはい。ほら、もっと来てくれてもいいぞ?」
からかうようにちょいちょいとクルウへ軽く手招きしてアピールすると、彼の睨む目が更に鋭くなっていった。
「そんだけ元気そうなら、もういらないよな?ほら退けっ!」
寝ている頭の下から蹴り上げられそうな雰囲気を感じたので、慌てて起き上がって退避する。分けてもらったエーテルのおかげで眩暈は治まっていた。彼はむすっとしながらこちらをまだ睨んでいる。俺はスカーフを片目に付け直しながらクルウから少しずつ距離を取りつつ、睨む彼に対して口を開いた。
「あー、ごめんって…。とにかく分けてくれてありがとな。もう動けるし状況確認してくるわ。」
「まさか…、それで有耶無耶にして逃げるつもりか?」
「へ?ああ、いや逃げないから。とりあえず不滅隊から報告と今後の動きだけ聞いてすぐ戻るつもりだから、エーテル回復のためにお前も休みながら待ってろな。」
「…ったく。あとで帰ったら覚えとけよ…。」
「覚えてたらなー。」
互いにほんのりと顔が赤いが、片方は満足、もう片方は不満足。完全に補われることはなく終わりゆく戦場での時間は流れて行った。
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